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「すでに決したとはいえ、ご先祖様歴代の魂が宿る土地の普請。衆家も内心では穏やかならざる思いだろう。ならば最後の決断は八幡様の御言葉に従えばよい」
小橋さんが扇子をふりながら、横の親父さんに話しかける。
「つまり朝霧の娘が工事の成功を流鏑馬で祈願してくれるということか。なかなか面白い趣向ではないか」
「いや、これは……」
親父さんが、目を白黒させる。
「衆家も市長も警察署長も見守る中での百六十年ぶりの神事。それで祭りが盛り上がり、うるさい環境派を黙らせるなら大いに結構だ。奴らは事業の妨害を画策しているようだからな、神事で菫桜地区民の同意を得られるなら安いものだ」
「だが……!」
「朝霧の娘とやら。御影家の名代として、白羽流鏑馬とやらの神事の遂行を許すぞ」
「承知っ!」
夷澄が、再び頭を深く下げる。
「それでは御誓文を読み上げる」
立ち上がると懐から緑の巻物を取り出して恭しく広げ、周囲に響く美声で読み上げた。
「御影流白羽流鏑馬の神事、達成の暁にはご先祖様が守り育てし菫桜神社の森全域を御影家、衆家一丸となって未来百年守り抜くことを神意とし、これを誓約する。令和六年卯月吉日、衆家筆頭朝霧家第四十三代総代代理、朝霧夷澄」
「……なんだって?」
今度は小橋さんが、目を白黒させる番だった。
「つまり流鏑馬が成功したら……工事を中止しろというのか?」
夷澄の声が、朗々と響く。
「誤解めさるな、小橋殿。私も御影と衆家の立場は理解し、計画に反対はしていない。万に一つも我が流鏑馬を的中させた場合に限り、工事を延期するというだけの話」
その時、本殿奥のふすまが突然開いた。
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