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中から白髪の老人が、姿を現す。
「龍仙。奉納神事を途中で中断するとは何事だっ」
老人が一喝した。親父さんが、おびえた顔になる。
衆家の間から「大祖父の龍鳳さんだ」「まだ歩けたのか……」と声が漏れた。
「実は……娘の夷澄が白羽流鏑馬の神事を執り行うと言い始めまして」
「白羽流鏑馬だと?」
龍鳳と呼ばれた老人が震える足を前に出しながら中央に進み出て、夷澄を拝殿から見下す。
「夷澄。何を誓約する気だ」
「鎮守の森、工事百年延期の是非を問う」
「工事の延期? 笑止。朝霧ら衆家が三年かけて議し異論なしと決した。今さら神意を問う道理などないっ」
すると衆家からも、異議の声が出始めた。
「なんだ、龍鳳さんが認めていないのか。そんな神事、説得力ゼロだわ」
「工事の延期なんて、今さら一族に言えないし」
「ムリムリ。俺たちが納得したって市議さんがうんと言わねえよ」
わあわあと反発が上がった。旗色が悪い。
老人が殿を降りて、頭を下げる夷澄の前に傲然と立つ。そして御誓文の巻物を、夷澄の手から奪い取った。
「お祖父様、お返しくださいっ」
「控えよ夷澄! 警察署長から聞いたぞ。強盗事件で自転車から矢を放った不届き者を探しておると。それはお前ではないか」
しばらく無言。周囲の観衆も、固唾を呑んで見守る。
夷澄がちらと、後ろの僕を見た。その目に「何も言うな」という強い意志が見えた。
だが、夷澄一人に責任を負わせるわけにはいかない。僕が馬上から声を上げようとした刹那。
「……はい。私です」
夷澄は観念したように、小声で答えた。
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