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「自転車を走らせた仲間の男がいるだろう。誰だ」
「走らせたのも私です」
「偽りを申すな」
「八幡様に誓って、ウソ偽りではないっ」
再び夷澄があごを上げ、大声で嘘をついた。
「愚か者! 街中で神事の矢を放つなど言語道断。衆民の理解あっての立射神事、信を失えば朝霧の弓技は絶えるぞ」
「神社と伝統を滅ぼすのは、お祖父様と父君の方だっ」
夷澄は、負けていない。
「お祖父様は菫桜の森が消え翠雲馬の血筋が絶え、流鏑馬の技と神事だけが世に残るなどと本当にお信じか? 人を救い正義を実現するために使い世に役立てずして、何のための弓技かっ!」
そうして眼前の祖父をにらみつける。
「肺病が蔓延したこの三年、祭りは絶え神事は家中の儀となり、世に示す機会などなかった。人の心は神様から離れ、その間に御影と衆家は私たち若者や市民の声を聞かず、ひとときの利殖のために千年の森をつぶすと決めたんだ」
その声が、次第に大きくなる。
「私の仲間が、私の目を覚ましてくれた。失った三年間を取り戻すため、戦うべき時に戦うと。私は神事が終われば警察に出頭し刑罰を受け、学校もやめる。それでも正すべきことを正し為すべきことを為す、その決意あってこその我ら朝霧家と、受け継がれし神技ではないのかっ」
夷澄は、雲雀の鳴き声のように高らかに宣した。
龍鳳さんも小橋さん衆家も観衆も夷澄の気に押されてか、一言も発することができない。
最初に動いたのは、親父さんだった。
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