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「父上。我らの負けです。筆頭家臣として主君を諫める、夷澄は私たちよりはるかに朝霧の心を継いでいます」
龍鳳さんが親父さんを見る。親父さんがうなずき返すと、今度は娘に向き直り、静かに諭した。
「夷澄。そこまで言うなら射貫いて見せよ。五射一中の難事、損じたら朝霧にも菫桜の里にも一生居場所はないと思え」
その瞬間、夷澄の顔がぱっと輝いた。
「心得たっ!」
老翁が差し出した御誓文の巻物を、夷澄がつかむ。そして振り向き、きなこに向かってまっすぐに投げた。
「ルカちゃん、広げて的柱に刺してっ!」
「わかった!」
ルカが顔面の巻物をかっさらう。きなこの駒首を返し、馬を的へと走らせた。
事態を呆然と見ていた小橋さんが、急に我に返った。
「親父さん。あの小娘が巻物を万一射貫いたら、どうなるのだ?」
「その時は神意である。工事を百年延期していただくほかにない」
「ばかなっ。ここまで来て工事を延期するなど、それこそ本社と衆家が納得せんぞ」
小橋さんが、衆家の面々を見回す。
「まあ……龍鳳さんがいいって言うなら、いいんじゃねえの?」
「幻の流鏑馬を見られるのか。生きててよかったよ」
「失敗したら工事、当たれば春祭りも盛り上がる。いいことしかないわ」
「業者にも資材を発注済みだぞ。大損害だ!」
「しゃーない。神意天命を完遂せよとは、御影家ご先祖様の御言葉だ」
「やらなきゃ天罰くれるのも御影の神様じゃろ」
今度は衆家が、全員うなずいている。
なんていうか……田舎すげえ。
暑苦しい小橋さんの顔が、真っ青になった。
夷澄が一目散に、僕が乗る駿雷めがけて駆け走る。
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