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「おい。その女が馬に乗るのを止めろっ!」
その声で、凍っていた背広軍団が急に動き出した。夷澄の後を追いすがる。
「夷澄、乗れっ!」
僕が駿雷を降りるより早く夷澄が駆け寄り、僕と馬首の間に強引に乗り込んで手綱を奪い取った。
「降りる暇はない。サイト、一緒に来いっ!」
右手に弓、左腕一本で手綱を返し、駿雷が大きくいなないて前脚を上げる。背広軍団が一瞬立ちすくみ、僕の体が後ろにずれて馬から落ちそうになり、思わず両腕を夷澄の体に巻き付けた。
「いいぞ、その姿勢だ。これなら馬を操れる」
鞍の前半分に小さな腰を乗せた夷澄は、再び駆け寄る背広めがけて駿雷を突進させた。背広たちが恐怖に道を開け、数人が転がって泥だらけになった。
「大変なことになりました! これから百六十年ぶりとなる緊急の流鏑馬神事のようです。成功した場合の御誓文はなんと菫桜神社の森の開発百年の延期ですっ!」
想定外のハプニングに、アナウンス部の実況が急に生き生きし始めた。
自転車で強盗を射た時と、僕と夷澄の前後が逆になっていた。夷澄は境内の端まで走り、また方向を百八十度変えた。弓を持ち換え、腰の矢筒をさぐり……
蒼白になった。
「しまった。矢がないっ」
「え?」
さっきまで矢筒にあった三本の矢が、すべて消えている。道を振り返ると、矢がすべて土に落ちて泥だらけになっていた。
「回収する。戻るぞ!」
「背広が来ている。もう間に合わないっ」
スーツの脚が、矢を踏みつけて僕らに迫ってきた。
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