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弐之矢
全世界を未知の肺病が襲ったのは、三年前だった。
中学最後の一年間は塾も図書館も閉鎖、みんな自宅勉強をして高校を受験した。合格しても万歳も叫べず、初めて会った高校のクラスメイトは全員マスクしていて、最初の一年は目と髪型しかわからなかった。
昼飯は独りで黙々と食べ、隣に座る奴がどんな顔で笑うかも知らず、名前とテストの点数でしか他人を区別できなかった。部活は僕のような美術部員はいい方で、運動部や音楽系の部は一人練ばかりで身が入らず、中学で全国クラスと期待された選手が競技をやめて、引きこもったりしていた。
漫画やライトノベルで異世界モノが流行した。同年代が広い大陸で生き生きと活躍する物語を読む僕たちは、自粛と規制に縛られた最悪の異世界に放り込まれていた。だけど僕らが社会から外されている間も、世界は少しずつ変わっていた。
二年生でマスクの呪縛が外れた時、自然豊かな翠雲市の象徴として市民に愛されていた鎮守の森が、マンション造成工事でつぶされることを知った。
幼い頃から写生に出かけた思い出の地。僕は森を守ることを訴えて生徒会長に立候補した。ひと昔前なら「青い、ダサい」と言われそうな社会活動だけど、僕らの学年は声を上げることに飢えていた。僕が当選した後、翠雲高校生徒会は森を守る運動を全員一致で決議した。
「しかし菫高の生徒会長って、どんな野郎なんだろうね?」
春雲の下を愛車で駆け走る放課後。なぜか当然という顔で荷台に横乗りしている幼馴染みの同級生、生徒会書記の河野ルカがつぶやく。
菫桜高校は僕らが通う翠雲高校から自転車で約三十分、緑が多い旧城下町で菫桜神社の隣にある。僕は翠高の生徒運動を市内の他校にも広めようと考えていた。
「神社の森なら菫高のおひざ元でしょ。さーちゃんに協力してくれるっしょ」
「工事をするのは大手建設の御影グループだ。本社は東京だけど御影家は幕末まで翠雲城主、菫桜では今も影響力が強い」
「でもなんで元城主様が地元の森をつぶすの?」
「肺病のせいで建設不況も深刻だからね。神社の森で市民の憩いの場、ふだんなら猛烈な反対運動に会ったはずだけど、この三年間は大人もまともに議論できなかった。その間に少人数で話を決めたってことさ」
「この子乗るの初めて。なんて名前?」
人の話聞いてないだろ。そう言えばルカ、中学に比べて重くなったな。
「シャガール。青が気に入った」
「あっそ。中学のチャリはマティスだったね。ていうか高三にもなってチャリに名前つけんなキモい」
……傷ついた。
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