十九話

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十九話

「ここは」 『はずれ』 「こっちは」 『大はずれだ』 小山内邸の襖を片っ端から開け放ち、あらゆる抽斗を調べて回る。されど出てくるのはホチキスにセロテープに文鎮、硯と筆と墨汁の瓶と今は必要ないものばかり。 三面鏡の扉を開けて合わせ鏡も試したが、結界の入口は見付からない。 「はじまりはこの部屋や。理一が連れてかれた」 『その読みは当たり。ここはもともと揚羽に与えられた部屋だった』 「ほな結界も」 『はじまりと終わりが同じ迷路なんてお粗末じゃないか、もっと頭を使え』 イライラ歩き回る茶倉のうなじで、多聞がわざとらしくあくびをする。 『来たぞ』 「忙しいんや、邪魔すな」 眼光鋭く睨んで印を切れば、行く手を遮る蝶がボッボッと炎上していく。 『一寸の虫にも五分の魂』 「幽霊みたいなもんやろ」 思い出せ、何を見落とした? 雅の手紙。葵の証言。 蝶の絵が描かれた襖を開けると、奥の座敷に赤い襦袢を纏った女が待っていて……。 黒アゲハの襖絵。 小山内邸に本来存在しないはずの。 「揚羽を迎えた伊右衛門は襖を新調したか」 『かもな』 妾の名にちなんで、蝶の絵入りの襖を仕立てていたら。 「取り替えた?返り血が飛んで?部屋の目印は黒い蝶。襖の役目はなんや?仕切り?彼岸と此岸を分け隔てる……」 ブツブツ呟いて歩き回る茶倉。その一言一句に耳を澄ます多聞。和室を何周もするうち、ひっくり返った空き箱の天井を踏み抜く。 「ないなら作ればええ、そういうことか」 『屏風の虎退治の逆張りさ』 多聞の一言で確信を持ち、机に転がした硯に飛び付き、物凄い勢いで墨を研ぐ。 小山内邸の蝶が何故黒いのか、真面目に考えるべきだった。 「揚羽は匕首で喉突いた。頸動脈ザクっていったら当然襖に血がとぶ。で、お前の先祖が呼ばれた。問題はそのあと」 蝶が通った道筋には墨の残り香がした。 「蝶の襖絵は揚羽のすみかのしるし。どない酔狂かて返り血とんだ襖を普通そのままにはせん、さっさと焚き上げたはず。でもな、誰かが墨を置けば」 揚羽の死後、故人が愛した蝶を誰かが描き入れたのが災厄のはじまり。 『伽羅の仏に箔を置くのと反対のことをしたわけだ、皮肉にも』 「屏風の虎を生け捕るんは無理でも襖に追い込むんやったらイケる」 正しい出入り口の場所がわからずとも、横穴を繋げてしまえば事足りる。 硯に溶いた墨にたっぷり筆先を浸し、表に滑らせていく。 『絵心がない』 「やかまし、お前が描け」 『手があればな』 何度か墨を注ぎ足し蝶を描く。床にたれた雫や点々と散った飛沫はこの際気にせず、仕切りの向こうに理一がいると強く念じ、乾くのを待って数珠を巻いた左手を翳す。 『仕上げを忘れてるぞ』 「ご指摘おおきに、画蝶点睛を欠いちゃ笑えんな」 親指の腹を噛みちぎって母印を捺し、霊力がとびきり濃く煮詰まった、赤い斑を後翅に足す。 『からっぽだったら?』 「やり直すだけや、何度でも」 静かに引手を掴むと同時、茶倉に夥しく群がる黒い蝶が、帰巣本能に忠実に絵姿に吸い込まれていく。 通り道ができた。 霊体の通過を見計らい、からから開け放った襖の向こうには、八ツ橋の空き箱が消えた座敷が待ち構えていた。 『全く運がいい』 悔しさと小気味よさがまざった揶揄を無視し、平静を装って青々した畳を踏む。 調度品が一切存在しない閑寂な座敷。前方は別の襖で仕切られている。 そばの柱にボールペンで矢印が描かれていた。 『探し人か?』 「無能は取り消せよ」 誇らしげに矢印をなぞる。 『おいあれ』 多聞が身をよじるのに釣られて振り返り、突如として真ん中の畳に現われた紅襦袢に驚く。 『身が入ってる』 襦袢が人の形に膨らみ、蛹から羽化するように起き上がり、呆けた表情でこちらを見る。 葵だった。 「なんで裸やねん。ジャージはどないした」 少女は生まれたままの姿をさらしていた。肩に掛けた襦袢以外は一糸纏わず、胸と股を隠しもせず。 背広を脱いで歩み寄る。 「理一はどこや。はぐれたんか。小山内さんが心配しとる、はよ戻り」 様子がおかしい。 呼びかけにはてんで無関心に瞬き、まどろむような眼差しで座敷を眺め、自分を抱き締める。 『……やっと手に入れた』 まだ固い乳房をねっとり揉み、手を返して髪を梳き、はち切れんばかりの若さ漲る瑞々しい素肌を慈しむ。 『女の体。女の髪。女の肌』 葵と同じ顔をした別人が、発育途上の未成熟な体をもてあそんで悩ましげに喘ぐ。 『あっ、あっ、あぁっ』 扇状に広がる赤い褥の上、芽吹いた乳首を引っ張って刺激し、幼い胸を捏ね回す。 大胆に開いた脚の間、淡い翳りが蜜をたらす。 『これが女の悦び。子壺もあるわ、ちゃんと』 なめらかな下腹をさすり、尖った陰核を剥いて潰し、潤んだ膣をかき回す。さらに潜った指が閊え、ご満悦の笑みを広げる。 『生娘ね』 絶叫が聞こえた。 目の前の女じゃない、葵本人の悲鳴が。 「クソボケカスが!!」 辱められた過去の記憶が乗っ取られた少女の痴態と重なり、堪忍袋の緒が切れて駆け出す。 「茶倉さ、あっ、や、ンあっ、見ない、で」 片手で乳を揉み、陰核を激しくピストンし、絶頂へ駆け上っていく。 「恥ずかし、や、手が勝手に、ぁあっ」 快感と羞恥のせめぎあいにわけもわからず泣き叫ぶ、口の端を伝った涎が襦袢を濡らす、膝の裏が不規則に痙攣し腰が上擦る、激しく抜き差しされる指に白濁が絡む。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」 絶頂に至った体が仰け反り、崩れ落ち、今度こそ完全に目が死ぬ。 「……消えたい……」 葵は願った。 心から。 少女が自閉すると同時、座敷の主が目を覚ます。 茶倉が飛ばす符を紙一重で躱し高笑いを上げ、裸身に纏った紅襦袢をひらひら翻す。 『何故怒るの。眼福でしょうに』 葵が襖を開け放ち次の間へ踊りこむ。すかさず追った茶倉は、色とりどりの帯や着物で吊られた助手の姿に息を飲む。 「理一!」 理一の手足は色違いの帯で縛られ、ご丁寧に猿轡まで噛まされていた。ズボンは脱げて膝に絡み、引き締まった尻が剥かれている。 束縛をほどこうと駆け付けるや、鋭く撓った帯に鞭打たれ転倒する。 『手遅れじゃないか?精気を搾り取られてる』 「黙っとれ!!」 かぶりを振って囁きを追い出し、投擲した符で帯を切り裂く。見事に帯が断ち切れ、支えを失くした理一が畳に落ちる。 「ううっ……」 「目エ開けろ!」 帯の切れ端を四肢に絡め、ぐったり仰向けた理一の腰に、襦袢の裾をたくし上げた女が跨る。 『長らくお慕い申し上げておりました、兄様』
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