優しい観客と幻想の崩音

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思い悩むこと一時間⋯。否定や拒絶をされたらどうしよう。覚えてないって言われたらどうしよう。あたしが名乗って、すぐに切られたらどうしよう。そもそも番号が変わってない保証はない。そしたら先輩と繋がるツールがなくなってしまう。 半泣きになって、画面の上で指をこまねいていると、震えて、躊躇って、挙句に発信ボタンを押してしまった。すぐに切ればいいものを、慌てて戸惑ううちにコール音が聞こえ始めた。自分を呪いたい。夜の11時になっている。常識的に考えたら迷惑以外の何物でもない。 どきどき⋯心臓が破けそうだ。 どきどき⋯脳の血管が切れそうだ。 死にそうになって、半泣きから本物の涙に変わったとき、電話が繋がってしまった。 「()()? どないした、こんな時間に。久しぶりやなあ」 懐かしい声。変わらない声。覚えてくれていた。それだけで涙が止まらなくなった。 「どないした? 何泣いとんねん。なんや、心配になるわ」 どれだけ先輩の名前を連呼したい気持ちになったか、どれだけ嬉しかったか、先輩に伝わるはずがない。あたしは泣くことしかできなくて、言葉が全然出てこない。
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