優しい観客と幻想の崩音

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あたしは今、自分でも扱い切れない恋に悩んでいる。 彼の名前は綿(めん)()(しゅん)。これが本名かどうかさえ分からない。あたしは彼のプライベートな部分をほとんど知らない。 半年前、あたしは俊に出会った。特別な出会いだった。居酒屋のカウンター席で飲んでいたあたしに声をかけてきたのだ。これがナンパかと思ったのも束の間、俊は優しく笑い、ナンパじゃないことを強調して、こう言った。 『俺と親友にならない? 悩んでることあるでしょ。俺もある。たまにこうして酒を飲みながら、溜まってるもの吐き出す親友になろう。絶対裏切らない親友。お互いに干渉しない親友。飲んで語り合うだけの親友。お互いに同等で、恋愛関係には発展しない。そんな親友になろうよ』 話してみると、俊は気のいい男だった。 あたしが好きな歌手を言えば、俺も好きと言って話が盛り上がる。 あたしが好きな料理を言えば、俺も好きと言って思い出を話し合う。 会うたびに惹かれていった。会うたびに前のめりになっていった。 ほとほと酔ってしまったとき、身体の関係を求めたのもあたし。 俊がお金に困ったと言ったとき、お金を貸してあげたのもあたし。 全部自発的にやったこと。俊からは何の強要もなく、むしろ受け身だった。 だけど二ヶ月ぐらい前から、何だか態度が変わり始めた。 会えば必ずホテルに行くし、そのときお金を求められた。関係を持つ際には、まるで作業のような行為になっていき、求められるお金の額も増えていった。 いつの間にか、貯金がなくなっていた。 それでも俊に捨てられたら、もう恋なんてできないって恐怖心があった。何でも平凡で並以下のあたしを好きになってくれるのは彼だけだと思い込む気持ちが消えなかった。 あたしと俊は恋人なのか、親友なのか。 訊くのが怖くて、否定されたらどうしようって躊躇ったまま、またお金を要求された。もう借金するしかない。その根拠となる関係を訊けないから苦しい。 本当に長い話になったけど、麻美先輩はしっかり相槌を打ちながら、まるで否定せずに聞いてくれた。すべてを話し終えると、先輩は神妙そうな口調で言った。 「明日、その俊て人に会わせて。お金渡すと言えば来るやろ」
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