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「てめぇ!銀次ふざけんなよ!!今なんつった!?ぉおおっ!!?」
おやっさんは、円山応挙が好きだ。
床の間のないシャンデリアのある悪趣味な洋室に幽霊画の掛け軸を飾っている。安心してくれ。もちろんレプリカだ。
焦茶色の革張りのソファーはすげえ高くて数百万円。4人がけが2脚向かい合って、真ん中に1人がけ。真ん中に座って葉巻を吸って天井を見ているおやっさんの前で床に膝をつかされ首を項垂れているのが俺だ。
地上げと、闇金の不当な利子で稼いだ金で作り上げた摩天楼の最上階で、俺は兄貴分からどやされている。
「静かに話ができねえか、龍騎ぃ。銀次は、きょうムショから帰ってきたばっかりじゃねぇか。」
「でも、おやっさん。」
「龍騎ぃ、俺は“でも”と“だって”と“たら”と“れば”が好きじゃないって言ったよなぁ。」
おやっさんが俺の前に座り込んだ。
「てめぇの親に貸した金は、確か1000万か。」
「……そんなに借りてません。」
「銀次ぃ、知らねえうちに増えてんのが借金なんだよぉ。」
「……永遠に返せませんね。借りた奴は返せなくたって、文句言われる筋合いもないじゃないですか。」
「散々、貧乏人から取り立ててきたお前の口が言うことか?
臓器売買、マグロ漁船、ソープにデリヘル…どんだけ斡旋してきたんだっけ?
行き過ぎちまってサツに捕まったのはてめぇのミスだろ。自業自得だ銀次ぃ。違うか?」
幽霊画と目が合った。
誰に恨まれたって仕方がない。
そんな生き方をしてきた。
ことの発端は親が闇金から借りた100万円。トイチの利子を払えなくて、膨れに膨れた借金の取り立てにヤクザが来た。親は蒸発。小学生だった俺は、飯も食えず部屋の隅に転がっていた。そんな俺をここに連れてきたのが、おやっさんで、飯を食わせてもらって、シゴトを仕込まれた。
それから俺は、貧乏人の生き血を吸うように、ないところから搾り出すようなやり方で金を巻き上げてきた。
「だから、もう。足ぃ洗いたいんです。」
「ここ抜けてどこ行くんだ?てめぇはカタギじゃ生きらんねぇよ。」
俺の顔に煙を吹きつけた。
「小指の1本。置いてく覚悟あんのか。」
自分の左手の小指に視線を落とした。
ーーーコイツひとつでカタギに戻れる……?
「おやっさん、小指なんて今時……。」
龍騎が引き攣った声でそう言った。
「比喩だろ。」
おやっさんは冷静だ。
「さっさと飯作れ。組のみんな、てめぇが作る飯楽しみにしてたんだからよ。」
「……はい。」
なんの取り柄もない俺は、料理だけは得意だった。
窓から見える午後6時の夕焼けは現実離れしていた。
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