大都市群へ

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大都市群へ

# コトンコトン コトンコトン・・・  列車の走る音。  気が付くと、辺りは車内の様子に戻っていた。 『やっぱあ、夢なんか。』  涙の跡で、頬(ほほ)が何か突っ張ったような感じだった。  自分が今まで意識無く望んでいることを夢が叶えてくれたのであろうか。それは家族への恋しさであり、孤独からの解放である。素直になれない自分を戒めるよう見せていたのかもしれない。 『・・・。』  すると、どこからか赤ん坊が笑ってはしゃいでいる声がしている。 「どうしたの?、そんなに、楽しいの?」  今まで誰も居なかった通路を挟んだ隣の席に、赤ん坊を連れた若い母親が座っていた。  尚正は、眠りで頭の中が未だはっきりとしていなかった様である。別に何も意識していなかったが、その方に顔を向けていたので、母親が気付いたようだ。 「ごめんなさい、煩かったですか?、今は、何故だか随分機嫌が良くて。」 「あっ、いいえ、気にせんどいてください。可愛か赤ん坊ですね。この位で何月になるとですか。」  その屈託(くったく)の無い笑顔に、尚正も思わず微笑が出てしまう。431d7257-101c-4824-a1e1-1bda522adc1d 「十月(とつき)になるんですよ。ほら、どうしたの?、何がそんなに嬉しいのかな?」 「人見知りせんとですね。」 「人によってなんですよ。まだ見る物に興味心身なんです。貴方は、大丈夫みたいですね。ところで、聞いても良いですか?」 「はあ、何ばですか?」 「気に触ったらごめんなさい。貴方の言葉は相当地方の訛(なま)りがありますね、何処から来られたのですか?」 「はは、やっぱあ相当訛っとりますよね。九州のF市の村から来たとですよ。」 「へえ、そんな遠くから、それじゃあ泊まり2日がかりで大変でしょうね。私なんか、先程の駅からですから近いもんですよ。それでも里帰りするのは手間が掛かるのよね。」 「そうですばいね。赤ん坊ば連れて来れば、親御さんは喜ぶとでしょうが、大変かですよね。僕は、独りですけん気楽なもんですばい。」 「まあ、お一人で、こっちにはお仕事か何かで来られたのですか?」 「ずっと昔、住んでたことがあるとですよ。でも小さかった時ですけん、憶(おぼ)えとらんです。そこが今、どうなっとるのか見に行くとです。」 「まあ、それは凄く興味があるところでしょうね。私もね、この子を産んで、ふと思い返すことありますよ。自分が生まれ育った時のことを。でも残念ながら、私の生まれた街は空襲ですっかり失くなってしまいました。」 「そうですか・・・すんません。思い出したくないことば、言ってしもうたですね。」 「いいえ、大丈夫ですよ。空襲という悲劇に遇ってしまいましたが、人はいつかは立ち直るものです。其処は新しい街が出来ようとしています。時が変われば、故郷も変わっていきます。いずれは思い出の中のことになりますからね。それが早かっただけですよ。」 「思い出の中ですね。意味深か、良か言葉ですね。そん時だけは、自分が年ば取っとらんですけんね。」 「あら、私はそんな文学の様なつもりで言ったんじゃないのですよ。」 「あ、すみまっせん。どうも独りで居ると、感傷的に考えすぎるとです。」 「いえいえ、そういう時も大事ですよ。私なんか、日々の生活とこの子の世話に追われてばかりですよ。」  2人がそんな話をしている間に、赤ん坊の声がしなくなった。 「あらあら、いつの間にかお眠(ねむ)になってるわ。」 「可愛か寝顔ですね。」 「ありがとう。」 「起こしたらいかんですけんね、もう話は止めときます。やっぱあ、お母さんになると大変かですね。でも、ためになる話ばしてもろうて良かったです。降りる駅まで余り時間も無かですし、支度(したく)もありますけん、これで。」  すると、尚正の言葉に併せるかのように、次の停車へ事前操作であろう、身体には感じないが、少しずつ列車は制動し、速度が落とされているようだ。 # コトン コトン・・・ 『もう少し先やのに、もう沢山の家があるばい。ひらけとうねえ。』   関東の街並みとはこれほど広大なのか。いたる所に家々が建ち並ぶ風景は、九州では主要都市、しかも中心部でのことである。田園のある地域でも、途切れなく民家が見えている。 # コトン コトン・・・  やがて列車は、長大な鉄橋を渡りはじめる。9d06ee21-20fd-4020-a45b-b87da7ddfb2d  戦国の世、この広大な川幅により、戦略上の重要な要塞としての機能を果たしていた。大きな河口の入り江の先に海が広がっている。尚正は雄大な光景に心を奪われ、一時、漫然と景観を眺めていた。そして鉄橋を渡り切ると、街の様子も変わり始める。民家だけでなく様々な事業所が現れ、進む程にそれは増えていく。 『O駅に近づいた時と同じ様に変わっていくな。それもとんでもない大きさばい。』  さらに時折、団地や事業所ビルも現れてくる。我が国の誇る大都市群へ向かっているのだ。 # コトン コトン・・・  ここに来て、別れた娘達の気持ちが本当に分かってくる。今度は、自分の番。一生かけても把握できないであろう広大な首都圏で、果たして自分が求めているものに辿り着けるのだろうか。 『母さん、ここに来た時は何を思ったり、感じたりしてたとかね。』 # コトン・・・コトン・・・  やがて列車は、更に制動をかけ続け、次第にゆっくりとした速度に落ち着くと、間近な景色も目で追いながら見える程になる。  すると、目的地の駅に到着する案内が流れる。 “ご乗車のお客様にお知らせ致します・・・間もなく、Y駅に到着します。間もなく、Y駅に到着します。お降りの際は、お忘れ物の無いようお願いいたします。なお、この列車の出発時刻は、15分後の○○時○○分です。次のK駅への到着予定時刻は、○○時○○分です。間もなく、Y駅、間もなく、Y駅~”  車窓からの外の景色に、広々とした3車線道路が見えている。次々と高速で行き交う大型の貨物自動車とその際に沿って高いビルや倉庫が建ち並んでいる。構内に近付くにつれ、何本もの路線が敷かれている所にそれぞれ違う方面に向かう電車が走り過ぎて行く。 「・・・・」  呆然として見つめていた。  何も知らない九州の片田舎から来た者にとって、大都会への戸惑いを感じざるを得ない。此処は、物の在り方や時の流れが違う世界なんだろうと思わせたかも知れない。尚正は、大都会を前にして、その緊張感に煽(あお)られて、身体が熱く感じていた。つまり、すっかり浮足立っている、気持ちが地に着いていないのである。 『むむ、・・・しとうなった。』  そう、緊張感のためか急に尿意が来てしまった。
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