思わぬ提案

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約束の時間に間に合うように、吉川のマンションに車で向かう。マンション前で待っていた吉川を助手席に乗せ、カーナビで今から向かう美容院の住所を登録した。 美容院の名前は『LOTUSーロータスー』店長である古池(ふるいけ) (わたる)は35歳で、吉川の担当スタイリストでもあるのだ。 「店長が、いいよって言ってたよ」 「ほんと? ただ少し毛先を切るだけなんだけど…」 「他のスタイリスト達は予約が入っているから無理なんだけど、1人、アシスタントをしながらスタイリストを勉強させている子がいるんだって」 「へぇ…」 香澄は運転しながら前を向いたまま返事をする。 「真面目で技術を磨いていて、センスもよくて筋がいいらしいの。だから安心していいって」 「そうなんだ……まぁ、ヘアスタイルを変える訳じゃないしね」 店の近くのコインパーキングに車を停め、2人は店の中に入った。 「いらっしゃいませ!」 とスタッフが出迎える。店内を見回すと、大きな鏡の前の椅子にはズラリと女性客が座っていて、担当スタイリストが笑顔で話しながら髪を切っていた。 ざっと見た感じでは、男性スタッフが6人、女性スタッフが3人、店長の計10人で店を回している。 「いらっしゃい」 2人の元に近づいて来た男性。店長の古池だ。 「店長、この子なの。傷んだ毛先を切ってくれるだけでいいみたい」 「いらっしゃいませ。大丈夫ですよ。優秀な子がいますから、お任せ下さい」 香澄に優しく微笑んでそう言った古池は、アンケート用紙とペンを香澄に渡した。そのアンケートを元に、会員証を作る。そして鞄などの貴重品を預けると、番号のついた鍵を手渡された。 「ロッカーでお預かりしていますから、ご安心下さい」 古池は2人に説明を始める。 「今、シャンプー台が空いているので、先にシャンプーをしましょう」 「はい」 2人は返事をして古池について行き、シャンプー台に向かう。その途中、古池は1人の男性スタッフを呼んだ。 「和泉(いずみ)!」 古池に呼ばれてすぐに香澄達の元へ駆けつける。 「今日、優木さんの担当をする和泉です」 古池がそう紹介すると、彼は微笑んで挨拶をした。 「和泉 (さく)です。よろしくお願いします」 「優木です。よろしく」 香澄と吉川はシャンプー台に乗り、2人並んでシャンプーから始まった。シャンプーを受けながら、4人の話題は和泉の話になる。 和泉 朔、24歳。 美容専門学校に通っている時から『LOTUSーロータスー』でアルバイトをしていた。シャンプーは丁寧で優しく、女性客の受けがいい。顔はイケメンで人気があり、和泉に髪を切って欲しいと言う客も出始め、Jr.スタイリストとして活動を始めたばかり。今は指名を増やす為、日々技術の特訓をし、接客にも力を入れている。将来の夢は、自分の店を持つ事。 「へぇ、自分の店かぁ。夢が叶うといいね。頑張って」 感心しながら香澄が応援する。 「はい…」 和泉の手は優しく、確かに気持ちよかった。ゆっくりと丁寧に動く指、だけど香澄の頭を支える手はしっかりとしていて、首に負担がかかる事なく、首のえりあしまで綺麗に洗い流してくれる。 「お疲れ様です。ではこちらへどうぞ」 シャンプーを終え、香澄と吉川は鏡の前の椅子に移動し、腰を下ろした。並んで座る2人にクロスがかけられ、軽く髪を拭いてそれぞれカットが始まる。
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