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思わぬ提案
「だ、か、らぁ、さっきから言ってるでしょ! そんな事、してる暇なんてないの!」
《そんな事って! ちょっと、香澄! あなた、もういくつになると思っているの!》
休日の朝、母親から電話がかかって来たと思えば、また見合いの話だった。27歳になった頃から度々結婚の話が出始め、年々その頻度は多くなり最近では見合いの話まで出始めている。いい加減、耳が痛い。
「29! まだ30になってないでしょ!」
《もう29なのよ! 分かってる? 本気で結婚を考えないと、嫁に行き遅れるわよ。それでもいいの?》
香澄は深く息を吐き、呆れた様子で言う。
「別にいいわよ。マンションを買ってローンももうほとんどないし、自由気ままに暮らして、仕事も順調。寧ろ、今が幸せなんだから…」
《はぁっ……そうなると思っていたのよ。マンションを購入するって言い出した時……やっぱり反対するべきだったわ…》
「いいじゃない! お母さん達には迷惑をかけてないんだし、親孝行な娘でしょ!」
《娘親からすれば、娘を嫁に出して孫を見せてくれる方が、親孝行なんだけどねぇ……とにかく、一度見合いをしてもらいますからね。いいわね!》
そう言い切って、母親は香澄の返事を聞かず電話を切った。
「ちょ、ちょっと! お母さん! もしもし? !」
香澄は電話を切り、ポンと携帯をソファーに放り投げ、勢いよくソファーに腰を下ろした。大きなため息をつき、愚痴る。
「もうっ! ほんと勝手なんだから! 私が結婚しようがしまいが、私の人生なんだからほっといてよ!」
優木 香澄、29歳。
大学卒業後、アロマテラピーインストラクターとして、エステティシャンやアロマテラピーセラピストを育成するスクールの講師をしている。その他にも、アロマ教室を開設しており、週に二度、10名ほどの生徒にアロマの事を教えている。現在、仕事も生活も充実していて何不自由なく暮らしている。
「見合いって……結婚して、今の仕事どうすんのよ! スクールの講師も教室も、やめられる訳ないじゃない!」
その時、ソファーの隅っこで携帯が鳴った。ひとつ息をつき、手を伸ばして携帯を取り画面を確認する。
「ん? 美月?」
香澄の親友、吉川 美月だ。香澄はすぐに電話に出た。
「もしもし、美月? どうした?」
《もしもし、香澄? 今日、暇?》
「まぁ、休日で家にいるけど……何で?」
《ちょっとさ、買い物に付き合ってよ》
「いいけど」
《ほんと? 買い物に行く前に、美容院で髪を切ろうと思って予約してるの。一緒に来てくれる?》
そう聞いて、香澄は自分の伸びた髪に触れ、傷んだ毛先を見た。
「私も少し切ろうかなぁ…」
《香澄も切る? じゃ、店長に言っておこうか?》
「あっ、先に予約しておかないとダメかぁ」
《ううん。店長に訊いてあげるよ》
「そう? じゃ、何時に迎えに行ったらいい?」
《午後の1時から予約が入っているから、12時半に来て。家から車で15分から20分くらいで行けると思うから》
「分かった。じゃ、用意して行くね」
《うん、お願い。じゃ、またあとで》
香澄は電話を切って、出掛ける準備を始めた。
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