部分的記憶除去システム

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「この画像の女性は誰だかわかる?」  ゴーグル型の装置をつけた少年、朔(さく)くんに向けて、私はそう問いかけた。 「わかりません」  朔くんの答えを聞きつつ、私は現在の彼の心拍数を覗いた。  数値は正常値よりも高い値を示していた。この女性に対して、危機感を持っている様子だ。 「次は別の写真を見せるわね」  私はそう言うと、別の女性の写真を朔くんに見せる。最初に見せた女性と髪の長さや年齢は同一であるが、彼の知らない赤の他人の写真である。 「彼女について見覚えはある」 「いいえ、ありません」  心拍数を覗く。  数値は正常値へと戻っていた。この女性に対しては、危機感を持っていない。  それから数枚、最初の女性と部分的に一致している箇所があるが、彼の知らない赤の他人の写真を見せる。いずれの場合も、心拍数は上がることがなかった。  対象の記憶除去。対象外への視覚的安全性が証明できた。  部分的記憶除去はこれにて終了。今日を持って少年の治療は完了した。 「お疲れ様。一ヶ月間、よく頑張ったわね。今日で治療は終了よ」    ゴーグル型の装置を外し、部屋の照明の眩しさで目を擦る朔くんに向けて、私は優しく言葉をかけた。彼は私の表情を見て微笑む。一ヶ月前はまるで生気を失ったかのようにやつれた表情をしていたのだが、今はすっかり元気になっている。 「これから君の行く施設についての案内があるわ。一階の受付にこの書類を持っていって案内を受けてね」  私は治療終了の旨が施された用紙を朔くんへと渡した。彼はそれを受け取ると、最後に私の顔を見る。瞳は物憂げな様子を浮かべていた。 「お姉さん、ありがとう。その……もし、何かあったら、またここに来てもいい?」 「ええ、もちろん。いつでも相談に乗るわ」 「ありがとう!」  朔くんの表情がパッと晴れやかになる。どうやら物憂げな様子だったのは、もう私に会えないと思ったかららしい。彼にとても愛されていることに何だかとても嬉しく感じた。彼に対して苦痛を強いてきたのだから、きっと良く思われていないと思っていたのだ。 「先生、ありがとう。じゃあ、またね!」  彼は診察室を出るまで私に顔を向けながら、手を振っていた。私もまた彼が部屋を出るまでの間は、彼の顔をしっかり見て手を振りかえした。  生きることを諦めていた患者が、元気な姿になって退院する。どれだけ辛いことがあっても、その瞬間を目の当たりにできると心が救われる。 「さてと、もう一仕事頑張りますか!」  ひと段落ついて天井に向けて大きく伸びをすると次の患者の診察に入った。
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