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私は朔くんのいる病院まで恭ちゃんに連れていってもらった。
病院に向かう車の中で、私は恭ちゃんから事件の詳細について教えてもらった。
今日の夕方。歩道橋の階段で少年が足を滑らせて転落したとの連絡があったようだ。
連絡をしてくれたのは三十代の女性で、彼女曰く『日が沈む間近、小学生くらいの少年が一人でいたため、何かあったのだろうかと声をかけようとしたところ、不意に少年が走り出し、足を滑らせ転落したとのこと』
どうして刑事課再犯防止課の恭ちゃんのところへ連絡が来たのか。
その理由は、連絡のしてくれた三十代の女性が『元受刑者』であったからだ。
相葉 紗南(あいば さな)。朔くんの母親であり、児童虐待の容疑で逮捕された人物。
総合病院の駐車場に着くと、車を降りて、駆け足で院内へと入っていった。
朔くんのいる病室は八階。恭ちゃん先導のもと受付を済ませる。
「相葉さんなんですが、先ほど目を覚ましましたよ」
受付の看護婦さんの話を聞いて、私は自分の表情がぱっと晴れやかになるのを感じた。
眉をあげ、目を大きく見開く。隣にいた恭ちゃんも重たい表情が軽やかになっていた。私たちはお互いに見つめ合うと軽くハイタッチをした。病院内では静かにすることを忘れてはいけない。
看護婦さんに部屋番号を聞くと、私たちはエレベータに乗り、八階へと赴いた。
「大事に至らなくてよかったね」
「うん。本当に……よかった……」
私は強い安堵のせいか恭ちゃんと話す内容を浮かべることができなかった。
恭ちゃんは私の気持ちを察してくれたのか、特に何を言うわけではなく、ただただ背中を叩いてくれた。
八階に着くと、朔くんのいる805号室のある方へと歩いていく。
夜だからか患者さんの姿はあまり見られず、室内は非常に閑散としていた。床を踏む足に注意して、足音をできる限り減らす。
805号室にたどり着くと、私の前にいた恭ちゃんがドアから少し離れ、私に先に入るように促す。お言葉に甘えて私は二回ノックした後、ゆっくりとドアを開いていった。照明がついており、室内からは小さなBGMが聞こえてくる。
私は足を前に出し、部屋に入ると朔くんがいるであろうベッドの方へと歩んでいった。
部屋に設置された洗面所と浴室を抜けるとベッドに体を預けた朔くんの姿が見えた。先ほどのBGMは朔くんの持っているゲームから聞こえていたものだった。
「先生っ! 来てくれたの!?」
朔くんは私の顔を見るとにこやかな表情で話しかけてくれた。
私は彼の愛らしい表情にいてもたってもいられず、彼に歩み寄ると強く抱きしめた。
「先生……体が痛い」
「ご、ごめんね……」
朔くんの苦しそうな声に慌てて手を離す。朔くんは体をリラックスさせるように揉むと再び私に向けて笑顔を見せた。階段を踏み外して転倒したのだ。頭以外にも肩や腕も強く打ちつけたのだろう。申し訳ないことをしてしまった。
「どうしてここに?」
「警察の方に教えてもらったの。意識不明の重体って聞いたからいてもたってもいられなくて来ちゃった。でも良かった。見る限り元気そうで」
「うん。今はちょっとクラクラするくらいで酷くはないよ。片手でゲームができるくらいにはね。そうだ。先生、あれ見て!」
朔くんの指さした方向へと視線を向けると紙袋が置かれていた。
「あれは?」
「先生への誕生日プレゼント。本当は明日届けようと思ったんだけど、ちょうどいい機会だから。お誕生日おめでとう!」
私は彼から祝福の言葉を聞いて、思わず涙が溢れそうになった。それを隠すように彼へと再び抱きつく。
「ありがとう……」
本当は『ごめんなさい』と言うべきだったのかもしれない。でも、それでは彼の厚意が無駄になってしまうと思った。彼は私を喜ばそうとして、わざわざ離れた街まで行ってくれたのだ。謝罪よりも感謝を私は言うべきなのだろう。
「先生……体が痛い」
朔くんから聞こえてきたのは先ほどと全く一緒の言葉だった。
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