部分的記憶除去システム

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部分的記憶除去システム

「では、これから部分的記憶除去に入ります。辛い治療になりますが頑張ってください」  私は目の前にいる少年の手をしっかり握りしめる。今の彼にとって、私という存在が命綱となっていることだろう。それを示すかのように、握った少年の手はとても冷たく震えていた。  両腕、両足、腹部を椅子に固定し、目にはVRゴーグルのような装置を取り付けている。装置の先端はさらに別の装置につながっている。別の装置は少年を取り囲むように設置されており、少年はまるで機体の操縦室にいるかのようだった。  私は少年の手を握りしめながらもう一方の手を使って、装置に搭載されたパネルを操作する。この操縦室での操縦士は少年ではなく、私なのだ。  パネルを操作し、ある女性の写真を少年の見ている視界へと映し出す。 「この女性は誰だか分かりますか?」 「僕のママです」  少年が答えを口にするのと同時にさらにパネルを操作し、右腕を固定した装置から薬物を彼に注入する。しばらくして、少年の呼吸音が聞こえるようになった。鼻呼吸は口呼吸へと変わり、上半身が動くほど深く呼吸をしている。見るからにとても辛そうだった。  無理もない。先ほど投入した薬物は扁桃体を活性化させ、彼の恐怖と不安を増幅させたのだ。呼吸を荒げ、今にも叫び出しそうな彼を見ているのは私にとっても辛いものだ。でも、彼が頑張っているのに、私が我慢をしないわけにはいかない。  全ては『彼の母親について、一切の記憶を失くす』ために。  少年の心拍数は危険値である120を超えた。そのタイミングで装置は自動的に動作を停止する。ゴーグルに映し出された画面が消え、少年は一時的にリラックスモードとなる。暴れ出さないように完全に安静になるまでは椅子に固定し、身動きを取れなくする。 「お疲れ様。気分はどう?」  しばらく安静にし、心拍数が正常値に戻り、呼吸も自然になったところで彼を解放した。ゴーグルを取ると、少年はまるで生気を失ったかのように目をうっとりとさせていた。元々、母親の顔を見ただけでも心拍数は上がっていた。その上でさらに不安にさせるように促したのだ。全身に疲労が蓄積されるのも当たり前の話だ。 「今日はベッドでしばらく安静にしててね。まだ先は長い。でも、いつか楽になる時が来るから。それまではお姉さんがついていてあげるから安心して」 「ありがとう。ねえ、先生。僕はママのことを忘れてしまうんだよね?」  少年の目はとても儚げだった。体に痣ができるほど、暴力を振るわれたにも関わらず、彼はまだ自分の母に愛情を抱いているのだろう。理由もなく好意を抱いてしまう。良くも悪くも、それが親というものなのだ。  私は少年の両肩に手を置き、諭すようにそっと口にした。 「ええ。忘れてしまうわ。でも、それが君にとって『幸せの道』だから。今は我慢してね」
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