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花束
「消しても消しても明かりがつくんですよ」
大家は困ったように言った。
「まあ、消さないでおいてあげませんか。経費は僕が持ちますから」
「はあ、それはいいんですがねえ…」
足音がした。革靴の音だった。
「あ、来てたんですか、大磯さん」
「やあ、持田検事。ええ、お花もって来たんですよ。あなたも?」
うしろにパトカーが見える。公務のついでらしい。
「家内がね、花が趣味でね。お余りを」
持田が花束を、アパートの塀の陰に置いた。見えるところだと、いろいろ具合が悪いだろうとの配慮だ。ビールとコーラの缶が置いてある。きっと大家だろう。それにきっと家裁の連中。牧田君は珍しく昨日早退してたな。
「それにしても気の毒でしたな、添田調査官は。お手柄だったのに、あんな…」
持田検事が手を合わせてそう言った。
「あの雨の夜に、連絡を入れてきたのには驚きました。何が彼女を導いたのかはわかりませんが、ひとつの真実が彼女のおかげで浮かび上がった」
大磯も手を合わせながら言った。暗い顔を隠さずに持田検事はそれに少しうなずいた。
「虐待、そして不登校、いじめ…なんの救いもない小さな命の真実を彼女は救ったと、そう思いたいですね」
「ええ。誰が香川真治君を殺して埋めたかは、それはやがて明らかになるでしょう。たとえそれがいまから十年も前のことだって。だがそれを白日の下にさらし、彼の魂を救おうとした、彼女こそが救われるべきだったとぼくは思います」
「それはわれわれが必ずつきとめます。でも、なんで添田調査官は…」
大磯は立ち上がり、そして空を見上げた。美しい青空だった。
「きっと家族、になったからではないでしょうか。添田君は、きっと真治君のお姉さんになったんだと思います」
そうだ。ただ歩いていて、トラックに轢かれたなんてことは、彼女らしくないからな。そんなのは、まったくどう考えても、あり得ないんだ。
「ほんとに、惜しい子、でした」
「きれいな娘でしたからな」
「え?そっち?」
「え?」
雨上がりの街は、にぎやかさを取り戻していた。
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