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ファミレス
脅しが効いたのかはわからなかったが、何も言わずに少年は電話ボックスから出てきて、雨の夜道をとぼとぼと歩き出した。うわ、なんかあたしが悪いことしたみたいじゃないか!
そりゃ悪態のひとつもつかれれば、逆に気持ちよくそのまま帰れた。何も言われないほうが、かえって気になる。ガキなんだから、くそババア、くらい言ってみろってんだ、もう。
「もうっ」
最後のほうが言葉になった。歩いている少年に傘を差しかけ、一緒に歩いた。
「どこまで帰んだよ。家は近いのか?」
「おじさん、なんですか?」
「ああっ?」
「いえ、しゃべり方が」
意外に素直でおとなしそうな子だ。顔もまあまあ綺麗で卑屈そうな目もしていない。こんな子が家出かよ。ますます腐ってんな、この社会は!
「もとからだ。気にするな」
「はは」
笑った。笑えるってことは、こいつはまだ余裕があるってことだ。すぐに死にゃあしないってことだ。
「家まで送ってってやるよ」
「家、ですか。近く、です」
「家の人だれかいんのか」
虐待している親のところに帰すのは忍びない。が、法律は法律だ。親権があれば帰さなくてはならない。これは法律という名のジレンマだ。だから児童相談所があり、そして行き着く先は家庭裁判所なのだ。
「家というか、そこです」
児童相談所の児童養護施設だった。
「おめえ、児相でやっかいになってんのか?」
「はい。でも嫌なことあって。今日もみんなから殴られて、しょーがなく」
ここは豊浦でもけっこう問題のある施設だ。うちの支部がかかわった案件はいくつもある。
「ちっ、しょうがねえな」
「え?」
少年は途方に暮れたようだった。
「来いってんだよ」
あたしたちは施設とは反対の方向に歩き出した。
「早く来いってんだよ、のろま」
「どこいくんです」
「ついてくりゃわかる」
「誘拐してもお金、ないですよ」
「どこの世界に児相のガキなんか誘拐するやついるんだ、ばか」
「ばかは余計です」
ファミレスの前に来ると、さっさと入った。
「さっさとこいよ、ぼんくら」
「え」
席に着くと乱暴にメニューを渡す。まあ、どうせ遠慮してモジモジするだけだろうから、こっちで勝手に選んでやることにするか。えーと、ガキはやっぱりハンバーグか。
「ステーキセット。ご飯大盛りで。あと、ドリンクバーも」
「はあ?」
おっかなびっくりという顔だ。だが決して汚れた顔じゃない。
「ダメですか」
「あ、ああ、い、いいんじゃない?」
あたしは適当に和食膳を注文した。ビールを飲みたかったが、なんかこいつの前じゃ嫌だったんで遠慮した。ガキはもしゃもしゃと食ってる。意外に可愛い。
「おねーさん、誰なんですか?」
「うっせーな、黙って食ってろ、うすのろ」
「悪口のデパートですね」
「なんだそりゃ」
「死んだ父がお母さんによく言われてました」
「おふくろさんは?やっぱ、再婚か」
義理の父親か、内縁の夫か。よくあるパターンじゃねえか。こうなると母親にも問題が出てくる。母親も引き込まれ、虐待をはじめる。やむを得ず保護する。しかし保護しても放っておいてくれない。親権を振りかざし強引に引き取りに来る。また虐待がはじまる。そんな事件に何件もあたった。常に胸糞が悪くなった。
ジムでスパーリングしたくなった。もうなんか誰かをぶっ飛ばしてえ!
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