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裁判官
「母さんも死んじゃいました。おばあちゃんに引き取られたんですが、すぐに火事で死んじゃいました」
「じゃああとは引き取り手が?」
「はい。いません」
「それであのくっそったれの、児相か」
まあ虐待での家出じゃないっていうのなら少しはましだ。面倒だがやり方はある。
「とりあえず連絡してやっからよ」
涼子はスマホを取り出し、その場でかけはじめた。
「あー夜分すいません。豊浦家裁の添田と申します。そうです、そ、え、だ、です。いまおたくの少年を保護してるんですよ。え?名前?えーと」
涼子は舌を出した。うかつにも少年の名前を聞いていない。そういや学校や年齢もだ。あたしとしたことが、なにをやっている?あたしはこれでも家裁の調査官なんだぞ?
「おい、お前なんてえ名だ?」
「ものすごくうかつですね」
こいつに言われた。ちょっと傷ついた。
「ほっとけ、ばーろー。名前だよ、早く教えろ」
「香川真治です」
「かがわしんじ?つまんねー名前だな」
「ほっといてください」
「あー、かがわしんじ、だそうです」
電話の向こうは何かとりとめないことを言っている。バカなのか?
「ええ?あっ」
発信音がただするだけになった。
「どうしたんですか?」
「切られた」
「あれれ」
「おめー、なにやらかしたんだよ!」
「なにもやってませんよ…」
真治というこいつは、もの凄く縮こまっていた。
「もう預かっていねえ、だと。家相まで追い出されたんか、おめえ」
涼子はあきれた。よっぽど悪いガキなのか。そうには見えないし、なにしろ涼子の勘は外れない。
「ちょとまってろよ」
こんな時間だが、大磯はまだ家裁にいるはずだった。大きな審理が控えているのだ。そんなときに申し訳ないと思うのだが、これは放っておけない。それでも大磯の顔を思い浮かべ、手を合わせる思いで電話する。
裁判官――最高裁から家裁まで、全国にいる裁判官の数は僅か2,850人。それが日本の事件のすべてを審理する。たったそれだけの人数で裁いている。ひとりあたまおよそ年間300件の事件、案件を審理する。
しかし人間が人間を裁くのだ。いい加減にこなすことはできない。法と正義にてらし、公平にしかも情を忘れてはならない。しかも事実を見極め、真実をあぶりだす。そのために涼子たちがいる。涼子は調査官として、真実に執拗に食い下がる。絶対あきらめない。どんなことも見逃さない。大磯はそんな涼子を信頼している。だから乱暴な口をきいても乱暴な態度をとっても大目に見てくれている。しかめっ面はするが。
「そうです。ええ。ここにいます。って…あれ?」
いつのまにかいなくなってる。あんにゃろー逃げたな。やっぱりだ、畜生。関わんじゃなかった。
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