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ドリンクバー
やられた。あいつ逃げやがった。まったく最近のガキにゃあ、ほんと参るぜ。おっといけない、こりゃ大磯裁判官にまた怒られる案件だな…嫌だなあ。
「えええ、すいません、じつは…」
ストンとあいつが腰をかけた。手にコーラを大事そうに持っていた。ドリンクバーに行ってたのか。ばかやろービビったぜ。
「いえ、なんでも。あ、はい、ちょっとまっててください」
あたしは真治にまっすぐに向き合って尋ねた。
「おい、おばあちゃんの名前だと。何て名前だ」
「かがわきん、です」
「きん?」
「はい」
「きんさんだそうです」
江戸町奉行か?ウケる。
いくつかのやりとりのあと、通話を終えた。
「あのー」
「なんだよ。しょんべんならあっちだぞ」
ガキが上目遣いであたしを見ている。なんだ?言いにくいことなのか?
「いえ、こんなとこで大声で電話してるから、みんな見てます」
「わるいかよ」
「マナー違反です」
「ちっ」
マッタク小賢しいガキだ。まあ、そういやみんなこっち見てるな?…て、じじい、目をそらしやがった。なんかあんな、あのじじい。
あ、いまはこいつだ。いかんいかん。
「あのよー、今のはあたしの上司でよ、おめーを警察署か、一時保護センターっていうとこに預けるか、あとはうーん…」
「あとはなんですか」
「あたしんちで預かれと言ってきた。マジ信じらんねえ」
そんな法的措置はない。あくまで公的機関で処理すべきだ。裁判官たるものそれを忘れてはならない…だが相手はものじゃない。人だ。まして子供だ。裁判所という機関も、もとは人が作った制度の上に立っている。裁判官も然り。つまり法とは常に人に寄り添うのが理想とされる。なーんてきれいごとはいい!とにかく寝床だ。それも上等で温かい、だ。
「ぼくはどうすればいいんでしょう…」
「警察署だとうす暗さむい仮眠室か。一時保護センターならまあ温かいベッドはあるからな。飯もそんなに酷くねえだろ。ただ、おめえみたいなガキがどうかなあ。殺伐っとしてっからなあ…しかもこっから遠いし」
あーマジどうしよう。なにも大磯さんあたしに丸投げって、いくら忙しいからって、ないわー。
「ぼくはもう公園でもどこでもいいです。さっきの公園に戻ります」
「バッカ、投げやりになんなよ。出来っこねえだろ!そんなこと。ちっ、しょーがねーなー」
「すいません」
あーもう信じらんない。なんでこうなんのよー。めんどくさ。あー、上等でないし、まあストーブつけりゃ温かいか…。
「じゃあうちのクソぼろアパートに泊めてやるよ。一晩だけだぞ、バーロー」
「はい、すいません。お世話かけます」
少年はわずかにほっとした表情をした。だがずいぶん気に病んでもいただろうし、絶望もしていたはずだ。泣きたいだろうにそのそぶりも見せない。バカ野郎、逆にこっちの気持ちが締め付けられるじゃねえか!
「んじゃ、行くぞ」
「あ、あの…待ってください…」
おどおどと少年は言った。
「なんだよ、いまさらビビってんのかよ?」
「いえ、ドリンクバー。コーラもう一杯いいですか?ぼくお金ないからあんまり飲んだことなくて」
こんにゃろー、わざと言ってんのか?そんなにあたしの心を折りたいってかあ?
「ふざけんなっ。そんなら死ぬほど飲んで行けよ!」
「ありがとうございます!」
少年はドリンクバーのコーナーに駆け出して行った。なんだよ、コーラくらい帰りのコンビニで腐るほど買ってやるよ。ばーか。
あたしは心の中でそうつぶやいた。雨はまだ降り続いていた…。
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