試験観察

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試験観察

外から見上げたあたしのアパートの部屋は真っ暗だ。当たり前だ。あたししかいない。二階への外階段を上がる。遠慮がちに上ってくる真治は、コンビニの袋を大事そうに抱えてやがる。笑える。そんなに大事そうにすんじゃねーよ。 ずいぶん疲れてたんだろうな。真治はすぐに寝てしまった。くーくーと寝息を立てていやがる。しょうがねえな。テーブルにコンビニで買った歯ブラシを置いておく。明日の朝使えってんだ。あとは冷蔵庫だ。いやあ、ビールしか入ってねえ。つまみ以外の食い物が入るっていつぶりだろう?あたしはビールを取ろうとしたが、やめた。 こいつと出会って頭が冴えっぱなしなのだ。怒りや悲しみや切なさがあたしの心の中を集団で通り過ぎた。最後におかしな愛おしさが、そこに残った。だからビールなんかでそれをうやむやにしたくない…もうちょっとこんな気持ちでいたい、そう思った。 翌朝、少年は布団にぐるぐるくるまっていた。ちょーおもしろい。へんなやつ。あたしが身支度を終える頃、真治は起きたようだ。 「おい、あたしは仕事行ってくっからよ。冷蔵庫に入ってる夕べのコンビニの弁当、チンして食ってろ。コーラも飲んでろ、好きなだけ。ただし寝小便すんなよ」 「あ、行ってらっふぁい」 真治は眠そうに目をこすりながらそう言った。 「今日、行くとこ決めっからな。おとなしく待ってろ。表チョロチョロすんなよ」 「はーい」 雨はもう上がっていた。なかなかいい天気で、ある! 「おはようございます」 「え?」 牧田が驚いた顔をしていた。なんだ? 「おはようございます大磯裁判官どの」 「え?」 「なんですか?」 「いえ、きみ、いつもなら、ちーす、とか言って入ってくるから」 「え、あ、そうですか?いやだわ、おほほほ」 「あはははは、は?」 他の調査官とか事務官だとかがあたしを見に来やがった。なんなんだ。見せもんじゃねえぞ、コラ! 審理にかける案件をどうにか処理できたのは午後で、調査資料を事務官に渡せたのは夕方近くになった。大磯が審理を終え、戻ってきた。略式裁判が5件あったのだ。 「それで添田調査官、いや、案件じゃないので添田さん」 「はい?」 「昨日の少年の件だが、まだ君の家にいるのかな?」 「はあ、逃げてなければ、ですが」 自分で言っておいてちょっと心配になった。 「君にしてはわきが甘いですね。だれかに見てもらうこともできたはずですよ」 「おっしゃる通りです。大家さんが階下にいるんで、頼めば見てくれていたと思います」 なんで気がつかなかったんだろう。ほんとあたしとしたことが。夕べからどうしちゃったんだ? 「まあ、いいでしょう。まだ君の家にいるでしょうから。ほかに行くところはないようですし」 「はあ。とくに悪いつきあいもないようですから」 「まあ前もって、なにか動きがあれば警察から知らせがあるように、検事に頼んでおきましたからね。いつもより念入りにきみのアパートのまわりは警官が巡回しています。何かあれば網にすぐ引っかかります」 こわい。このヒト、マジ怖い。 「じつはその検事、いえ知ってるでしょ?持田さん、とも話したんですが、真治君をしばらくきみの家で預かることって、可能ですか?」 「はあ、いや」 それは考えていなかったー! 「きみの報告にもあったあの児童養護施設ですが、たしかに真治君を預けるのは適当ではないと考えます。それに他の施設も同様で、ならきみのところが適当かな、と。つまり『試験観察』ですね。該当する法的根拠はこれで充分なはずです。なにか問題でも?」 「いえ、別に。とくにありません」 「保護している間の経費はこっちで持ちますから、心配しないでください」 「はあ…」 そして大磯はニヤリと笑った。 「まあ、三食ステーキセットご飯大盛りは困りますが」 こわい。マジでこのひと超こわい!あたしたちの行動、裏取りされてるやん。 ああそういえば…。 さっき話に出た検事の持田。豊浦家裁のCIAと呼ばれてる怖いおっさんの顔がうかんだ。
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