部屋の明かり

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部屋の明かり

帰りはあいかわらず遅くなった。 外から見たらあたしのアパートの部屋に明かりがついていた。消し忘れ以外、明かりがついていたことはない。 「ただいまー」 そんなことを言いながらアパートの自分の部屋に入るのも初めてだ。あ、酔っぱらって言うのは何度もあるけどね。 「あ、おかえりなさい」 そうして返事が返ってくるのは、正真正銘初めてだ。なんだこの胸あつ。 「チンしてね」 動揺をごまかしつつ真治にコンビニの袋を渡す。今日のエサだぜ、感謝しな。経費は裁判所持ちじゃ。 「なにが好きかわかんなかったから、とりあえず、すき焼き弁当ね。ぷ」 好きかわからずすき焼きか。ばかか、あたしは。だがおかしかった。 「はあ」 生意気に真治のくせにため息つきやがった。真治のくせに。あれ?なんか部屋が…。 「あれ?これは…」 「掃除しておいた」 「なんで」 「ぼくにそれ言わせんの?」 「どういう意味よ」 「だって部屋んなか超汚かったって」 「あんたレディに使うセリフじゃないわよ」 殺すか?イヤイヤあたしは公僕だ。しかも裁判所の。 「レディならもっとキレイにしとけ。彼氏に嫌われるぞ」 「ほっとけ!」 やっぱムカつくガキ。彼氏なんていねーよ!この部屋だって、男泊めたのはあんたが初めてよ、ってあたしガキに何考えてんのかしら。 雨が降ってきた。音がする。洗濯物はと見ると、ちゃんと取り込んであった。 「あんたしばらくうちで預かれって」 「ふーん。で、ぼくはここにいていいの?」 ちょっと笑った顔がなんか切なすぎる。そういうのやめて。 「そうね。めし代出るしね。おい、さっきのレジ袋の中のレシート捨てんじゃねえぞ」 「ちゃんと冷蔵庫の扉んとこに張っておいた」 「お、おお。そうか」 なんか調子くるう。 それから奇妙な同棲生活?が始まった。 昼間はこまっしゃくれた子供相手に脅したりすかしたり。ああ、歪んだ社会がこんなバケモノたちを量産する。しかも本人に悪気なんかまったくない。当たり前のように悪さをし、嘘をつき、そして自分自身をも傷つけていく。悪いのは子供たちじゃない。大人でもない。社会でもない。全部、なのだ。 あるものは万引きを重ねる。罪だと思っていない。あるものは身体を売る。それも罪だとは思っていない。面白がって殺人までする。こんな小鬼どもを、国は守んなきゃならないの?国民の税金で。その国民がクソだって言うのに? いかんいかん言い過ぎた。税金あっての国だ、裁判所だ。国民こそ国の王。われら公務員はその忠実なる下僕、なのよね。てへっ。 アパートを見上げると、あたしの部屋に明かりがついていた。いいもんだな。待ってるやつがいるって。 「そういやおまえ、学校は?」 駅前のスーパーの袋を真治にわたしながらそう聞いた。 「小学三年から行ってない」 「げ、マジか」 「たまーに行くけど、行ってもほとんど図書室か保健室だ」 さすがにそれはまずいだろ。そういやあたし、こいつの事情ってまだ詳しく知らない。だがそれより学校だ。義務教育なんだ。あたしらはこいつに教育を受けさせる義務があるんだ。こいつはその権利を有している。日本国憲法第二十六条、だ。 「休み明けに手続きとかしなきゃならないな」 「べつに行かなくてもいいよ」 「ばかやろう、義務なんだよ、こっちのな。おめえらは権利だけどな」 子供の保護者は教育を受けさせる義務がある。子供は受ける権利だ。憲法っつって、およそ日本国民である以上、絶対逆らえない掟だ。 そして法律によって受けさせる義務がある以上、とうぜん罰則も存在する。 しかし、権利を行使しない罰則はない。特殊な事情がある場合、子供は自らの意思でその権利を放棄することができる。 「ありがとう」 「なんだよ?」 「気にしてくれて」 真治は正座してあたしに頭を下げた、な、なにやってんだよ! 「ふざけんなよ。大人は当たり前なんだよ」 真治は、そのつぶらな瞳をまっすぐあたしに見開いて、そしてぽつぽつと話し始めた。 「児童相談所の人たちは、優しい人もいたけど、気にはしてくれなかった。学校に行かないとすごく怒られた。殴られたりもした。だから馬鹿になるんだって言われた。でも行けばクラスのみんなは嫌がる。汚い、みなしごホームレスの子、悪口は当たり前だった。そして水をかけられたり、カバンを捨てられたり、教科書を破られ、そして殴られた。ぼくには何をしてもいいんだってみんな言った。それを裏付けるように、先生も何も言わなかった。だからみんなぼくを虐めるのに一生懸命になった。一生懸命にならないと、ぼくのかわりに虐められるって、みんな思ってたから」 胸糞が悪くなって、危うく吐きそうになった。 マジあの児相は潰したる。どうせ人間、ホコリまみれだ。叩きゃなんかしら出てくる。聖人君子なんかいるものか。そのうち調べ上げてほえづらかかせてやる。文字通り皆殺しにしてやる。いや、刑務所送りだ。そしてその学校もだ。家庭裁判所なめんじゃねえぞ。こと少年法に関しては、あたしらとんでもねえ行使力を持っているんだ。国家権力なめんじゃねえぞ! 「おねえさん、なんか悪い顔してるぞ」 「あら、いやね。おほほほ」 あたしたちはまあ、言うなれば家族みたいなものになった。法的に何ら根拠のない家族…。そういうのは、家族ではないの?あたしたちは、いったい何なの?
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