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少年審判
ひとつの少年審判が終わった。母親を刺殺した、というものだった。
陰鬱な事件だった。本人も、被害者である母親も、関わったすべてのものが報われなかった。そういう事件の裁判が終わった。
しかし少年は生き続けなければならない。大人になり、どう生きていくのかは本人にしか決められない。だが生きてさえいれば、きっと何か見つかるはず。大磯はいつもそう言っていた。そう願ってもいた。生きてさえいれば、と。
それが家庭裁判所の仕事なんだから。
「これから彼は長い悔恨と反省の日々を送ることになります。彼はこれからの人生を、ずっとそうして生きていくでしょう。それが罪を犯したってことです。それが彼の本当の重荷となります。ですが、われわれおとながその重荷をさらに重くしてはなりません。その子がふたたび社会に出て、生きていくために、われわれはあらゆる努力をしなければならないのです」
大磯裁判官は結審した日、涼子にそう言った。それは綺麗ごとかもしれない。現実に立ちはだかる壁に、われわれの力は微々たるものだ。だがただひたすら、その子の更生を願うだけしかないのだ。決して社会を呪う人間だけにはなってほしくない。涼子はそう思った。
「まったく…救われないなあ…」
なぜだかそう、つぶやいてしまった。
暗い気持ちでアパートに戻った。明かりがついていた。ああ、そうだ。あたしには家族がいるんだ。なんだか急に心が軽くなった気がした。
「ねえ、スーパーのチラシにほら、お肉安いんだって。ビッグセール実施中だって」
「おまえは主婦か!」
笑える。
「だって少しでも助かるかなと。ぼくやっかいかけてるし」
「そんなことガキが言うセリフか?生意気過ぎて笑えるぞ。しかもこれ先週のチラシだ、ボケ!日付見ろ」
「あれえ?」
変な顔しやがった。そして笑った。
「あははは」
あたしも笑った。
「あっはははは、バーカ」
「バカ言うなー!」
「あはははははは」
笑った。こんなに笑ったのいつぶりだったか。
雨が降ってきた。ザーッという雨音が、街の騒音を消して、まるでこの空間だけがぽっかりと浮かんでいるようだった。永遠に続けばいい、と、涼子はふと、思った。
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