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/// 43.火山竜と定住者
◆イーストダンジョン・45階層 / 魔窟
久しぶりのホームグランドに戻ってきたアンジェは、そろそろかとサンドドラゴン狩りをやめ、遂に45階層に挑むことに決めた。
45階層は、遠目でぼこぼこと小噴火しているところも見受けられる火山地帯のような場所であった。かなりの蒸し暑い光景が広がっていた。前回来た時も思ったが当然のことながら聖者の衣(女神の祝福)で守られているアンジェにはその蒸し暑さとは無縁であった。
足元が悪いごつごつとした岩の道を歩く。所々巨大な岩があり全体を見渡したいアンジェの視界を遮っていた。
しばらく赤い空に向かってのんびりと歩いていると、遠くからこちらに向かってドスドスと向かってくる集団を発見した。鑑定リングの結果は『火炎蜥蜴』と表示されていた。近づいてきたその10体ほどの群れは、大きな口を開けると、その名前の予想通り次々と炎の渦をこちらに吐き出してきた。
絶対聖域(サンクチュアリ)を超えることはなかったが熱気だけは伝わり肌をチリチリと焦がす感触に顔をゆがめながらその炎を躱しつつ火炎蜥蜴の背後に回り込んだ。そして低い位置にある首元に星切(ほしきり)を叩きつけようと思ったが、危険察知が反応すると同時にその固そうなしっぽがアンジェの横っ腹をとらえていた。
軽く後ろに吹き飛ばされながらも、中回復を使いながら体制を整える。油断をしていたがかなりのスピードで攻撃できるようだ。気を引き締めなおし再度、火炎蜥蜴へ向かって神速を発動させその首元を狙う。今度はしっぽにも警戒していたため、こちらに向かってきた攻撃をかわしながら、上から星切(ほしきり)を突き刺し止めを刺した。
一度攻撃パターンが分かれば何匹いても同じである。早々にすべて狩り倒し収納へと吸い込まれていった。
順調に足を進めるアンジェは、途中で大きな岩に擬態していた『岩石オーガ』に襲われるも、危険察知が仕事をしていたので難なくその体に張り付いた岩の隙間に星切(ほしきり)を突き刺し討伐をしていった。サンドドラゴンを討伐しまくって能力値も経験も上げていった結果、並大抵の魔物では太刀打ちできないところまできているようだ。
そしてその階層では一番の強敵と思われる『火山竜』についても、吐き出す炎のブレスを躱し、しっぽからも広範囲で広がる火炎攻撃にも負けず難なく首筋に数度強烈な突き刺し攻撃を行えば、簡単に狩ることができていた。
この階層がアンジェと会っているのか、はたまた実力を上げすぎたのかは定かではないが、しばらくはこの階層で乱獲をしようと思い始めたアンジェは、時間の許す限り火山竜を中心に狩りを楽しんでいた。
「火山竜のお肉はどんな味だろうねキュル!」
「キュウキュー!」
火山竜にそれなりの傷を負わせるほどの真空刃を飛ばせるようになったキュルも、攪乱要員としての務めを果たし、アンジェの討伐数アップに貢献をしながら、今夜頂くことになるであろうお肉の味を想像して楽しそうに鳴くのであった。
その夜、ラビと一緒に食べた火山竜のお肉はがっつり系であるが、かみしめる度に濃厚なうまみが程よく口の中に広がるこれまでのお肉とはまた違った味わいに大満足の味であったようだ。
翌日、また45階層へとポータルでやってきたアンジェ。
アンジェが45階層に転移すると、そのポータルに向かって飛び込んできた男がいた。しかし、ポータルにはアンジェがいるため見えない結界に阻まれ顔を打ち付けるその男。そしてその男にびっくりしてバックステップで距離をとるアンジェ。
互いがびっくりしてしまい、しばしの沈黙が生まれた。
先に動いたのはアンジェであった。その男の背後には岩石オーガがこちらを襲おうとその拳を振り上げていたのだ。慌てながらも平常心を取り戻したアンジェはその岩石オーガの首筋の隙間を狙って一閃、軽々と狩り倒し収納へと回収した後、一息をつくのであった。
「あ、あの!」
背後駆けられた男の声にびくっとしてアンジェはまた距離を取る・・・その動きに男もまたびくっとして沈黙が生まれる。
「あ、助けてくれてありがとうございます!お強いんですね・・・僕、コルベットといいます」
そう言って右手を前に出して握手を求めるコルベットと名乗る男。当然アンジェは握手にこたえることなく首を縦に振るだけであった。
「僕、街に納品にいってその帰りにちょっとさっきのに襲われて、一旦街に戻ろうかと思ってたとこなんです。助かりました!」
出した手を引っ込め話すコルベットの言葉に首をかしげるアンジェ。街から帰って?どういうことなのだろう。意味がわからないと思っていたアンジェに気づいたのか、コルベットはさらに説明を続けた。
「意味がわからないですよね。僕、『竜狩打火(りゅうとうだび)』ってパーティでこの階層に籠って生活してまして・・・たまに街に納品しにいったり食料調達とかしに行ってるんです」
なるほど・・・分かったけど・・・なんで?という感想のアンジェ。
「助けてくれたお礼がしたいので僕たちの拠点に来ませんか?・・・というか護衛していただければ嬉しいです・・・さっきので僕・・・かなりびびってまして・・・」
とりあえずは何となく事情をさっしたアンジェは、コクリと頷き「こっちです」というコルベットについて歩き出した。コルベットもまた、アンジェがあまり人づきあいが苦手なのだろうと感じて、必要以上にはしゃべらないよう心掛けた。
途中、何度か魔物に囲まれるがそれを難なく狩っていくアンジェ。そしてそれを見て目を輝かせるコルベット。しばらく歩くと、遠目に何やら大きな掘っ立て小屋と、その周りに結構な面積で緑が生い茂っていた・・・
「あれです!」その言葉と一緒に指さされたその拠点と言われるところに、足早に急ぐ二人。近づくほどにその場の異質な雰囲気に驚いていた。
「ちょっと待っててくださいね」と言われ、その小屋に入っていくコルベットを見送る。しばらくするとその小屋からはコルベットを入れて4人の冒険者と思われる人たちが出てきた。
「はじめまして!なにやらコルベットが助けてもらったようでありがとうございます!しかもここまで護衛していただいて・・・かなりの手練れと聞きましたが、可愛らしいお嬢さんとは思ってみませんでしたわ!」
一番最初に出てきたすらっとした美女。顔などに美しい鱗がある女性は、竜狩打火(りゅうとうだび)のリーダー、竜人族の戦士で名をリュイシアと名乗った。遅れてエルフで魔導士の女性、シルフィアとドワーフで技師というガリクトンという男性が自己紹介をしていた。
コルベットは見た目通りの犬獣人で忍者という変わったジョブであるようだ。隠密に隠匿、俊足を持ち、収納も持っているため町への買い出しや納品を行っているらしい。罠設置というスキルも持っており、この周りにも通常より威力が強化されっ罠がいくつか仕掛けられているとのこと。
ここには火山地帯に生息する魔物が嫌がる氷草(こおりぐさ)というやけどに効く薬草をシルフィアの育成スキルで育て、岩石オーガや火炎蜥蜴は近づかず、火山竜だけはなんとか近づこうとこの辺をうろついているという状況のようだ。言われてみればどことなくスーッとした息が鼻を抜ける感じがする。
シルフィアは他にも水刃と大回復を覚えているため、ケガの治療や生活用水に困ってはいないという。
リーダーであるリュイシアは肉体強化と弱点看破というスキル持ちのため、近づこうとする火山竜を時間をかけてなんとか討伐しているという。その際には怪力と火炎持ちのガリクトン、水刃を使えるシルフィアも加わりチマチマと削っていくことでなんとか倒しているようだ。
ガリクトンが鍛冶スキルで作成した竜特化の武具をコルベットが街に売りに行くということを生活基盤とし、もう10年ぐらいここを根城にこもりっきりという状態らしい。
「しかし・・・コルベットが言うのだから本当なんだろうがこんな華奢なお嬢ちゃんがここの魔物を瞬殺とか信じられんわ・・・」
ガリクトンの言葉に苦笑いしながら頬を掻くアンジェ。
「ほんとなんっすよ!こうババッ!っとやってドカッ!バシッ!って感じで!」
コルベットが実演付きで熱演していた。
「なにわともあれ助けてくれたのですからお礼をしなくてはですね」
そう言ってリュイシアは一つの指輪を、腰を引きながら手を出したアンジェに渡す。
「これは竜撃の指輪といって、竜種への攻撃を強める効果があります。うちの主力商品ですのでギルドでも購入できますが、見たところ付けておられないようで。良ければお使いください」
「あ・・・い、いいんですか?」
遠慮しがちに返答するアンジュに「もちろんです」と頷きアンジェも「ありがとうございます」とお礼を言った。指に付けるが特に何も感じない。だが効果はあるのだろうから早速試そうかな?と思ってた。
「できれば効果のほどを見てみたいのですが・・・」
その提案にうなずくアンジェは、遠巻きにこちらを窺っていた一匹の火山竜にゆっくりと近づき、神速で背後に回り込んだと思ったらその首を一撃のもとに切り落としていた。「おお!」と複数の歓声が上がる。
確かに切り裂く力加減が楽になっていた。さらに下層に降りれば竜種もまだまだいるだろう。役に立つものを頂いたアンジェは再度お礼をつげ、倒しきったその火山竜を「どうぞ」と譲渡すのであった。
驚く竜狩打火(りゅうとうだび)の4人。
4人にしてみたら40階層のボスは4人で瀕死の状態でクリアした程度の実力しかない。
この階層に来るだけでも、コルベットの隠匿スキルで気配を消しながら、それでもギリギリでたどり着けた程であった。手持ちの氷草をばらまきながらなんとか拠点作りをしたようで、長く生活している現在でも1週間に1匹でも狩れば生活には困らないといった状態であった。
その話を聞いてアンジェが「それなら・・・」と収納から途中で狩った火山竜と岩石オーガ、火炎蜥蜴を数匹ずつ取り出し譲ると言い出した。「違う!」「そうじゃない!」と4人のつっこみが来たためびっくりしながらも収納に戻したアンジェであった。
そんな4人との出会いがあったものの、アンジェは数日間この階層で狩りを繰り返していた。お肉も大量にストックされているのでそろそろと次の階層に進めようと思った。本当はいつものように次の階層に進んでからじっくりと行きたかったのだ。
だが、そうはせずに数日狩ったのには訳があった。
目の前には次の階層に降りる階段・・・ではなく、ボス部屋の扉がポツンと赤い空の下にあったのだ。裏から見てもその扉だけの場所。いよいよそこに乗り込んで、まだ見ぬボスを討伐しようと気合を入れて扉に手をかざしたアンジェは、相棒のキュルとともにその開いた扉の中に足を進めていった。
部屋に入るとその室内の中央にいつもの魔方陣が光る。そして出てきたのは大きな体に炎を纏った竜だった。鑑定結果は『獄炎竜』熱い炎が飛んできそうな名前であった。
ふわりと体を浮かしたその獄炎竜は、その翼をばたつかせただけで熱気がこちらまでやってきて、絶対聖域(サンクチュアリ)を超えてじりじりと肌を焼くようなヒリヒリ感がきた。それでも絶対聖域(サンクチュアリ)の常時回復で回復できる程度であったので、気にせず向かい合う。
獄炎竜が口を開けた瞬間に、危険察知が反応したので距離を取ると3mほどの特大の火の玉がこちらに飛んできた。なんとかかわすが既に肌が熱い。当たったら消し炭になってしまうようなその攻撃に恐怖しながらも、神速で獄炎竜のそばまで近づくとその熱い熱気に耐えながらいつものように首筋を狙う。
体にまとった炎の壁を越えたその一撃は、固い表皮を削り大きな傷を残すことができたようだ。獄炎竜もその攻撃に怯んだようでアンジェに顔を向けて睨みつけてきた。
アンジェはすぐに離脱して体勢を整える。思った以上に固い。炎の壁があるが削れないわけではないと思っていたが、この固さであれば切るのではなく、両手で突き刺すという攻撃に頼るしかなかった。
ふと思う。指に輝く竜撃の指輪。これがなければ今頃こんな傷もつけられていないのでは・・・と思ってしまう。なんともご都合主義な・・・と思っていたが、そこにどっかの女神のの計画などは存在しなかった。本当に偶然が生んだこの指輪の効果でまずまずな初撃を加えることができた。
キュルも援護射撃の真空刃を何度も放ち、爆炎竜も嫌そうに翼で払う動作をしていた。
その隙にアンジェはさらに攻撃を加える。2撃、3撃と繰り返し、4撃目を加えた時、獄炎竜は小さく鳴くとその場に首をもたげた。4撃目が首の骨を砕く会心の一撃となったようだ。すんなりと収納されていく獄炎竜。それほど苦労はしなかったボス戦ではあった。
そして出口付近にひっそりと出現した見覚えのある箱・・・既視感に動きを止めるアンジェ。
するとキュルがその宝箱に近づき、・・・その上に乗る。
「あっ」
思わず声が出たアンジェは、そのまま光を放ちながら開いていく宝箱をただただ見つめていた。そしてその宝箱の中身は・・・水色の玉?まったく何かわからないその物体に首をかしげるアンジェ。完全なる油断であった。
その一瞬の間を利用してその水色の玉はまるでスライムのように形状を変え、アンジェの襲い掛かってきた。「また?」そう声を上げ茫然としてしまったのは仕方のない事であろう。
そのまま、固まっているアンジェの回りをぐるぐると回ったその物体は、星切(ほしきり)のホルダーに接合するように、最終的には独自のホルダーを形成しそこに持ち手のようなものが見える形で収まっていた。
「はあ・・・」ため息をはきながらその持ち手をつかみゆっくりと引き上げる。
それは透き通るような刀身を光らせている刀のような武器であった。先ほどまで困惑していたアンジェもうっとりするような刀身。キュルも近くに寄ってきて「キュルキュル」とそれを眺めていた。
とりあえずはと、その先にある階段を降りると、一転景色すべてが雪や氷に覆われた雪原地帯という景色にうんざりしつつ、ポータルに乗るのであった。
◆イーストギルド1階
ちり~~ん♪
ギルドに戻ったアンジェは、素材回収所のアンジェ専用エリアに素材を吐き出す。これはラミアドルフ獣王国に戻ってからラビによって確保された措置であった。その後いつものベルを鳴らす。カウンターに可愛いメモとギルドカードを置いて柱の横に待機した。
『お肉以外は買取で。
いつものようにお肉も報酬も半分は大樹の家に。
あと、なんかすごい武器が襲ってきた!
後はよろしくね。ラビお姉ちゃん』
カウンターにいるラビは、その手紙を読むと柱の影にいるアンジェを見つけ、笑顔とサムズアップで合図してくれた。アンジェも顔を赤くしながらもサムズアップで応え、そのまま二階へと消えていった。
ラビは手が開いたのを見計らって裏の倉庫に行くと、アンジェの指示を伝えるのであった。とはいっても大体いつも同じ感じなので定期連絡のようなものであった。ラビの故郷に帰った際に、じっくりと二人で時間があったため、この方式に落ち着いた。互いの手間を省くアンジェ専用の待遇である。
「武器が襲ってきたって・・・何となく予想つくけど・・・」
クスッと笑うラビもまた何らかの強制装備品が手に入ったのだと予想できていた。
◆イーストギルド2階・ラビの部屋
「すごいね。これ。また神力がビシビシ伝わる感じ。神刀・蛟(みずち)(女神の祝福)って名前になってる」
ラビの仕事も終わり、おいしい獄炎竜のお肉に舌鼓を打ちながら、部屋でアンジェに見せてもらったその新しい武器。水色に輝くその新装備はホルダーからして美しいデザインとなっていた。
ちなみに、ホルダーはどうあってもとれず。よく見ると星切(ほしきり)のホルダーではなく、聖者の衣(女神の祝福)の方にくっついているようだった。そしてその刀本体をポイッと床に投げ捨ててもホルダーにしゅるりと伸びて収まる始末・・・予想通りではあるが、なぞは深まるばかりであった。
「よくわからないけど、攻撃力強化にはなりそうね。まあ今のアンジェちゃんはすでに過剰ではあるけど・・・」
「よかった・・・のかな?」
いまいち本気で喜べていないアンジェをラビは今夜も甘やかすのであった。
◇◆◇ ステータス ◇◆◇
アンジェリカ 14才
レベル7 / 力 S / 体 S / 速 S+ / 知 A / 魔 B / 運 S
ジョブ 聖女
パッシブスキル 肉体強化 危険察知 絶対聖域(サンクチュアリ)
アクティブスキル 隠密 次元収納 大回復 防御態勢(ガード) 神速
装備 神刀・蛟(みずち)(女神の祝福) / 聖者の衣(女神の祝福) / 罠感知の指輪 / 鑑定リング / 竜撃の指輪
加護 女神ウィローズの加護
使役 キュル(神竜)
装備 竜撃の爪 / 神徒の魔力輪(女神の加護)
◆神界
「ついに・・・きた!!!この時が!!!私の愛を・・・とどけっ!」
そう言い放ったのは、まさに今、アンジェが油断しているその瞬間であった。その変態駄女神ウィローズの掛け声とともに、アンジェに過剰演出と共に装着されるその新装備。その変態が一方通行の愛を全力で注いだそれは、遂にその愛を成就させるべきその持ち主の元に装着された瞬間であった。
「長かった・・・」
長い待ち時間じらしつづけられた変態は、その瞬間が訪れたことに歓喜し、涙した。その顔は涙と涎と鮮血が垂れ流されていた。
そして力尽きたようにベットに突っ伏しながら、かろうじて回復した気力で腰をヘコヘコと動かしながら「ふへへ」と呟きながらアンジェを思うのであった。
まだ平和・・・だと思う。
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