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夜になり、真彦はセンター街のネットカフェに泊まった。
利用するのは初めてだったが、シートに横たわると、緊張の糸が切れ、すぐに眠りに落ちた。
朝から高速バスに揺られ、人生で初めて新宿に降り立ってから、あらゆる情報が目まぐるしく周囲を取り巻いていた。
渋谷に来たのは、単なる偶然に過ぎない。駅のポスターにその地名を見つけ、明るく、楽しげな色使いに魅せられたからだ。
そして、真彦は夢を見た。これまでの、中学の制服を着た暁斗ではなく、ネイビーのスーツを着て花束を持った暁斗がいた。
翌日からは、東京観光をする事に決めた。
退職金を切り崩しながら、聞いた事のある地名を片っ端から巡る。じっとしていられなかった。
昼食の店を探し、誰に見せるわけでもない写真を撮りながら、暁斗のことを考えていた。
こちらから連絡するのは憚られる。中学時代は携帯電話を持っておらず、家の固定電話であったとしても、連絡した事がなかったからだ。
暁斗からの誘いを待っているのは、あの頃と同じだった。
夜には渋谷に戻り、ネットカフェを転々とする生活が始まった。
ここでは、誰も干渉して来ない。同じ店舗を2日連続で利用し、同じ店員と顔を合わせたとしても、必要な事以外は何も聞かれない。
それが、心地が良かった。地元では、こうは行かなかったものだ。
大きなバッグを抱えて渋谷を歩く中で、真彦は自分と同じ、いわゆる「ネカフェ難民」の姿も目に留めるようになる。顔を憶えたが、誰とも言葉は交わさなかった。
ただ、暁斗だけは特別だった。見つけられたかったし、見つけたいと思っていた。
改札を出て、ハチ公像の前からスクランブルを渡る度、あのネイビーのスーツと赤い薔薇の花束を探した。
もちろん、毎晩のように彼の夢を見た。
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