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展望台を兼ねたロビーで待っていた暁斗は、真彦の生活事情を詳しく聞いた。その手には、手作りの弁当があった。
「一応言っとくけど、危ねーのはやめとけよ」
「何? 危ないのって」
コンビニで買ったパンをかじり、聞き返す真彦。
「何か、ネットのやつだよ。家出したやつ食い物にする的な」
「未成年とか、女の子だけでしょ? 僕もう社会人だし、こんなナリだし……」
「分かんねーだろ。俺だったら──」
そこへ、電話の着信があった。
「奥さん」
暁斗から画面を見せられ、真彦は胸を痛める。
綺麗な人だね、可愛い人だね。たとえお世辞であっても言うべきところを、言えなかった。
彼が結婚した事実を突き付けられたからではなく、画面の女性が、どうしても美しく見えなかったからだ。
真彦に背を向けて通話に出た暁斗だったが、その口調は、新婚とは思えないほど冷たい。
「はい、はーい、愛してまーす」
低い声で言い、電話を切る姿も、愛しているように見えなかった。
「新婚さんだね」
冷やかすように言っても、
「ドラマの見すぎなんだよ。日本人だぜ? 愛してるとか言わねーだろ」
面倒くさそうにするだけだ。
真彦は自分の中に湧いてきた、意地の悪い感情を隠せなくなった。
「でも、愛し合ったから“できた”んでしょ?」
「…………」
再会してからずっと楽しそうだった暁斗が初めて、睨むような目を向けた。
「結婚」
わざと間を空けて言うと、その目を下に向ける。
「……下ネタかと思ったわ」
勿論、そのつもりで言ったのだ。
あんな女と愛し合った現実を、突き付けてやりたくなった。
もし、自分が女性だったら、と真彦は想像する。
今頃は彼の隣でパンをかじるのではなく、画面越しに冷たい口調を浴びせられているのかも知れない。体の中に1人の命を抱えて。
そう思うと、いったい何が“正しい”のか、分からなくなってしまった。その2択ならば、真彦はどう考えても、自分の方が良かったからだ。
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