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「これから、よろしく。相棒」
「・・・・・・」
この世は、レースだ。
レースにはルールがある。二人一組で戦う。抽選で乗り物が与えられるが、その乗り物というのが二人一組でないと動かない。
一人が操縦。もう一人は動力源。
分かりやすく例えるなら、与えられる乗り物は自転車みたいなもの。勝手には動いてくれない。一人がハンドル操作をし、もう一人がペダルを漕ぐ。
そして、その与えられた自転車の性能はさまざまで、高性能のロードバイクから、はたまた幼児用の三輪車くらいの差があったりする。でも、これは性能の差であって、乗り物の見た目は、ほとんど変わらない。だから最初は、性能に差があるなんて思いもしない。抽選して乗り物を与えられたとき、みんな希望を持ってワクワクしていた。俺も、自分たちは最高だ、っと疑わなかった。
競争が始まり、スイスイ進む組もいれば。俺たちのように、必死にやっているのに、思うような結果が出ない組もいた。俺は乗り物の性能に違いがあるとは思わず、ただ自分たちの頑張りが足りないものだと思っていた。
「一緒に頑張ろう」
「・・・・・・」
相棒は何も答えてはくれない。
ある日、惰性でレースに走っている奴に言われた。
「いくら頑張っても無駄だぞ。乗り物の性能が違うんだから。お前らごときが頑張っても無駄、無駄」っと。
俺は、こいつが言ってることを信じてなかった。頑張れば速くなれると思ったし、いずれ努力は報われると期待していた。
だが結果は付いてこなかった。いくら走っても、抜かされることが多かった。
それでも俺は諦めたくなかった。何とかして勝ちたかった。
だから俺は、自分たちが速く走れない代わりに、相手を邪魔することにした。相手の前に立ち塞がったり、前を走る奴を引っ張ったりした。一つでも順位を上げるために。
「勝つためには手段なんて選んでられないよな」
「・・・・・・」
相棒は答えてはくれない。
レースをしていくうちに、いろんな奴と出会うようになっていた。諦めて惰性で走っている奴らも増えてきた。
俺は、そいつらとは違う、っと横目で見ながら抜き去る。俺はあんな風にはならないぞ、っと心に誓う。でも、本当に速くなれるのか?っと不安になる日々だった。
そんなとき、グループで走っている集団を見つけた。
グループで走るのには利点がある。先頭の人が盾になることで、後方の人は空気抵抗が無くなるのである。お互いに先頭を交代しながら走ることで、体力が温存できる。
俺は、そのグループに入れてもらうことにした。グループで走ることで、俺は少し速く走れるようになったような気がした。それは空気抵抗の利点だけでなく、お互いに励ますことで勇気が湧いたし、不安からも解放された。
しかし、そんな心地よい走りは長くは続かなかった。
集団はだんだん大きくなり、統制がとれなくなっていった。
頑張らない奴がいたり、人任せな奴がいたり、そういう奴らと一緒にいると、自分が損している気分になる。それに元々、周りにいる奴は全員ライバルだ。蹴落としてでも勝たないと意味がない。俺はグループを離れて走ったほうがいいと決断した。
「俺の判断は正しい」
「・・・・・・」
相棒は何も言わなかった。
元いたグループの奴らに負けたくなかった。グループを抜けても速く走れることを証明してやりたかった。
「もっと漕げ、もっと漕げ、もっと漕げ」と、俺はひたすら相棒に命令した。
レースも中盤に差し掛かった。そんなとき、俺は一風変わった奴に出会った。そいつは惰性で走っている奴らと同じスピードで走っていた。とても速いとは言えない。だけど、何かが違う。惰性で走っている奴とは明らかに違っていた。
惰性で走っている奴は、大概、顔には覇気がない。つまらなそうな雰囲気を醸し出している。だが、そいつの顔は、にこやかで楽しそうだった。
「何笑ってるんだ?」と、俺はそいつに話し掛けた。
「だって、楽しいじゃないか」と、そいつはにこやかに答えた。
「楽しい?みんなに抜かされてるんだぞ?」
「そんなの関係ない。昨日より前へ進んでいる」
「レースをしてるんだろ?勝ちたくはないのか?」と俺は訊ねた。
「レース?僕たちはレースなんてしてない。ゲームをしているのさ」
俺は一瞬、思考が停止した。この世がレースなのが当たり前だと思っていたからだ。
「ゲームだと?」
「そう。前へ進むゲーム。少しでも前に進めたら合格。だから僕たちは競わない。競わないから敵がいない。敵を気にしなくていいから、周りの景色を眺めることができる。前に進むたび景色が変わるから、楽しいじゃないか」
俺は腹が立ってきた。ヘラヘラした顔で走っているのが、どうも許せない。俺は真面目に走って来たから尚更だ。こいつの考えを改めさせてやろうと俺は考えた。
「この世はレースだろ?真面目に走れよ」
「この世はレース?それは誰が決めたのさ?」
「この世がレースなのは常識だろ」と俺は声を荒げた。
「常識?それは世間が決めたってこと?だったら僕たちとは関係ない。僕たち二人は、この世はゲームだと決めたんだ」と相手は平然と答える。
「僕たち二人?誰と決めたんだ?」
「相棒さ」
俺は驚いた。なぜなら相棒と意思疎通ができるとは思っていなかったから。俺の相棒は一言も言葉を発したことがない。
「お前の相棒は、言葉を喋るのか?」と俺は訊いた。
「言葉は喋りはしない」
「だったら、どうして相棒と一緒に決められる?できるわけないだろ」
「言葉は喋らないけど分かるんだ。相棒と一緒に喜べる瞬間があるんだ。その瞬間というのが、競うことを止めて走っているときなんだ」
俺は呆れた。相棒には感情はないし、意思もない。相棒というのは、ただただ俺の命令に従う存在だからだ。
俺は、こいつが言っていることは、綺麗事だ。レースを諦める言い訳に過ぎない。
「お前と話していても時間の無駄だ。俺はレースに戻る」
「君も、相棒の意見を聞いてあげなよ。声無き声に耳を傾けるべきだよ」
「バカらしい」
俺は捨て台詞を吐き、そいつを全速力で抜かし去った。
俺は勝ちたい。誰にも負けたくない。
「なんで、もっと速く走れない?」「なんで、できない?」
「・・・・・・」
相棒は何も答えない。
誰かに抜かされるたび、俺はイラついた。
「役立たず」「無能」「使えない」
「・・・・・・」
レースが終盤になると、さすがの俺でも諦めざるを得なかった。いくら頑張っても勝てない。俺は努力することを止め、惰性で走った。そもそも、抽選で乗り物が決まった時点で、勝負というのは決まっていた。
俺は、必死に走っている者たちに忠告してやった。
「いくら頑張っても無駄だぞ。乗り物の性能が違うんだから。お前らごときが頑張っても無駄、無駄」
俺はいつしか、一番なりたくないと思っていた奴と同じことをやっていた。
しかし、この忠告は俺なりの優しさなのだ。俺は経験したからこそ言えるのだ。俺は自分がしていることは正しいと思っていた。
惰性で走っていた俺にも終わりが来た。
乗り物が故障し、次第に動かなくなる。レースの終了だ。
これが死ということだ。
肉体という乗り物が動かなくなったのだ。
俺は意識。肉体を思いのままに操縦していた。
相棒は魂。魂は無意識の部分を補っていた。内蔵で栄養を吸収したり、心臓を動かしたり、血液を全身に巡らせ、肉体の動かすために黙々と働いていた。
俺たちは死んで、この世からあの世に移った。
役割の交代。
あの世では、意識が動力源。魂が操縦。
「これからも、よ・ろ・し・く」
魂が言う。
「・・・・・・」
俺は何も言えなくなっていた。あの世では、意識の俺に発言権がない。
あの世で俺は、地獄のような日々を過ごすはめになった。
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死後の世界はあるんです。
丹波哲郎 (俳優)
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