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「いや、何か事情があって話せなかったんだったら謝ることじゃないし」
「まあ、ゴタゴタした事情はあったな」
「なら別に……」
「それと、鍵まで渡しといてきちんと伝えてなかったからな。名前も気持ちも」
「……確かに」
エレベーターが七階に着くとマサは念のため周囲を確認して、道香を守るように部屋の前まで誘導し、素早く扉を開けると先に部屋に入るように促した。
取り急ぎ玄関に置きっ放しだった荷物を持ってリビングに入ると、電気をつけてソファーに座る。
玄関がガチャリと閉まる音と、さらに内鍵を掛ける音がして、やはりマサもまだ精神的にピリついてることは伝わって来た。
「腹減ってるか?」
「あ、うん。昼から食べてないや」
「さすがにデリバリーまでは頭回らねえだろ」
そう言うとスマホをタップして、自分は商談で少し食べたからと言って道香に食べたいものを尋ねた。
「肉。ガッツリお肉食べたい」
「はは。食欲あるみたいで良かった」
マサが適当に頼んだ肉料理を待つ間、缶ビールを開けるとそれを飲んで時間を潰す。
「飯食いながら話して良いか」
「全部話してくれるなら良いよ、高政さん」
「……マジで。それも後で説明するから」
マサはごめんと呟くと道香を抱き寄せ、無事でよかったと抱きしめる腕に力を込めた。
「マサさんのせいじゃない。悪いのは嵯峨崎だから。あとは私の注意力と警戒心のなさ。だけど今日はめぐみがいてくれたから大丈夫だったでしょ?あんまり謝まったり過度に心配しないで」
「それでも今こうして話せて良かった」
「……うん」
マサは腕を緩めると、道香の髪を掻き上げて優しくキスをするので、黙ってそれを受け入れ背中に回した腕で撫でてそれに応える。
言葉は交わさずに何度も唇を重ねてお互いを確かめ合う。マサが本当に心配していたのは充分過ぎるくらい伝って来た。
「心配掛けてごめんね」
「道香が謝ることじゃない」
困ったように笑いながら、マサは余程着慣れないのかネクタイに指を掛けて首元を寛げると、大きな溜め息を吐き出してビールを飲んだ。
静かだと心が騒つくので、マサに断りを入れてテレビをつけ、何気なく時計を見ると十時前になっていた。
タイミングよくインターホンが鳴り、マサは席を立つと玄関で商品を受け取り、またきちんと施錠したらしくドアロックが二重で掛かる音がした。
マサがリビングに戻ると良い匂いがして道香のお腹が鳴る。
「そんなに減ってたか」
「分かんない。安心したのかも」
「そうか。じゃあ食うか」
デリバリーのプラスチックケースに入ったままの料理をテーブルいっぱいに広げると、肝心の話をしようかとマサが切り出した。
「俺の名前は、もう知ってると思うけど盛長高政。三十二歳。グラッツ&ブレイザーは、うちのじじいが立ち上げた会社」
「まさかの御曹司!」
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