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ある日の女子会
「いや、道香!それは恋じゃないよ。完全にアンタの勘違いだから」
残暑の名残が続く九月の後半、仕事終わりの週末、親友の梶原めぐみとの久々の再会の席。以前から気になっていた自宅近くのスペインバルで、石立道香は辛辣な発言を受け止めていた。
「なんでよ。悩みの相談にも乗ってくれるし、凄く紳士的なんだよ! この前も」
「はいソレ妄想〜。大体、ゲイって言うの? アンタの事なんか眼中にないからこそ、親身になって話を聞いてくれるのよ。暴漢から助けてもらって、男らしさに惹かれるのは解るけど、不毛。マジで不毛だよ」
めぐみが言う暴漢だが、道香が二ヶ月前、友人の披露宴の二次会帰りに強引なナンパに遭遇した事を指しているのだろう。
「でも、めっちゃカッコよかったんだよ」
「そりゃ、大変な時に現れて? きちんと送ってくれたんでしょ。紳士に見えなくも無いけどさ、蓋を開けたらゲイだったって話じゃん」
相当呆れた表情を浮かべながら、めぐみが道香に視線を流してくる。
「なんなの、さっきから否定ばっかりして。気になるくらい良いじゃん」
「そりゃ自由だけど不毛だって言ってんの」
ピンチョスを一口で頬張ると、テコニックを一気に呷ってめぐみが続ける。
「アンタは恋すると盲信するところも知ってるからさ。恋愛の感情でゲイの人に向かっても辛くなるだけだって」
「もしかしたら、気の迷いでも振り向いてくれるかも知れないじゃん」
道香はムキになってめぐみを睨み付ける。もちろんそれは、自分でもどこかで不毛だと感じているからだ。
「じゃあ今からバー行く?」
「は?」
「は、じゃないでしょ。タクミさん? だっけ。確かお店の近くだったから助けて貰ったんだよね。それに今は色々と相談したり出来る仲なんでしょ」
呆けた道香を正面に見据えてめぐみが畳み掛ける。
確かに、あの夜は恐怖で腰が抜けてしまってすぐに動ける状態ではなかった。そんな状況でタクミは一旦落ち着くまでと、仕事場のバーまで連れて行ってくれた。
その後、日を改め、お礼を兼ねて何度かバーに行っては親睦を深めて今に至る。
「分かった。んじゃ二軒目はタクミさんのバーに行こう」
「アンタが惚れるって事は、紳士的なだけじゃなくて、顔も良いんだろうし気にはなってたんだよね。でも蓋開けたらゲイって……マジ不毛だからね!目ぇ覚ましなよ、道香」
「なんでそんな食って掛かってくるのかなぁ。別に良くない? めぐみに迷惑掛ける訳じゃあるまいし。ちょっとくらい夢見させてよ」
「そうソレ! 儚くて叶わぬなんとやらよ。起きたら夢だったってアレね」
ケラケラとめぐみが笑う。道香はそんなめぐみを見ながら頬を膨らませ、口元を歪ませるのが精一杯だ。
割り勘で素早く精算を済ませて店を出ると、時間は九時を過ぎていた。
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