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マサは自分と同じように出会った日には興味本位でも好意を寄せてくれていた。雨宿りのあの時に、少し勇気を振り絞っていれば、道香はそう思うと涙が溢れてくる。
違うのマサさんと呟くと道香は泣きながら話始める。
「雨宿りの時……凄くドキドキして、だけど尻軽だって思われたくなくて。でも、重なった手が熱くて、なかなか寝付けなくて。私が勇気を出して伝えてれば」
「俺も、軽い遊びと勘違いされたとしても、きちんとあの時に気持ちを伝えてればって思う」
決して戻せない後悔を二人で口にする。
「道香、大事なことだ。俺はお前が好きだしずっとそばにいて、どんな時も守ってやりたい」
「マサさん……」
「俺はお前が好きだよ」
マサは道香を抱きしめると、優しく包むように髪や背中を撫でる。その腕の中の心地好さを思い出し、道香の目からまた涙が溢れる。
「頼むから泣くな道香。俺はどうした良い? なにをしてやれる?」
腕を緩めて道香の髪を掻き上げると、その顔を覗き込んで悲痛な声で訴える。
「私はマサさんが好き。でも、あんな目に遭うような危機感のないどうしようもない女なの」
泣きじゃくりながらそう言うと、道香は俯いてマサから視線を外す。
マサが大きく溜め息を吐き出したので、道香は呆れられたと更に心が抉られる気分だった。
「道香、自分で言うのもなんだけど、俺はある程度将来が保証された優良物件だ」
マサは再び道香の髪を掻き上げて頬に手を添えると愛おしそうに撫でる。
「確かにお前は今までいい恋愛や恋をしてこなかったのかも知れない。もしかしたら俺に飽きるかも知れない。だけど俺は道香を手放す気はない。そんなダメ男にまた捕まったんだよ」
「優良なのかダメなのかどっちなのよ」
「肩書きだけなら立派だろ」
「そうね」
「でもお前がいてくれないと寂しい」
「お前じゃない、道香だよ」
道香はようやく笑顔を浮かべると、随分短く切ったんだねと呟いて、整髪料で整えられたマサの髪を撫でる。
「一応な。役員があの髪型はマズいって言われて仕方なく」
「似合ってるよ」
「そうか。そりゃ良かった」
長くて寝乱れてる姿も好きだったけどと道香が言うと、マサは困ったように笑った。
「飯はもういいか?」
「うん」
「なら風呂に入るか」
「うん」
「なら冷えるから湯を貯めないとな」
掃除サボってたから洗ってくるわとネクタイを外し、ジャケットとベストをその場で脱ぐと、マサは腕捲りしながらバスルームへ向かった。
道香はマサの匂いがするジャケットとベストをギュッと抱き寄せると、シワにならないようにベッドルームのクローゼットを開けてハンガーに掛けた。
ベッドに座って壁時計を見ると二十三時を過ぎている。
バスルームからマサが戻ると、湯船が張られる水音が微かに聞こえた。
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