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マサは道香の隣に座ると、肩を抱き寄せて髪の上からキスをしながら、何か思い出したらしい。
「引越しの話をし忘れてたな」
「ああ!」
思い出したように道香が大きく反応する。
「ここは学生の時から住んでる親の持ち家なんだ」
「そうなんだ」
さすが御曹司だなと道香はスッと真顔になる。
「実は〈アスタリスク〉のオーナーが怪我して入院してたんだ。でもようやく退院の目処もついた」
「恩があるとは言ってたけど、どうしてアスタリスクで働いてるの?」
「大学の頃、クサクサしててな。家業なんか継ぎたくねえって荒れてたんだ」
「へえ……」
「たまたまその時にバイトをしてみないか声を掛けられたんだ」
「お世話になったってそう言うこと?」
「いや、実はオーナーは親父の先輩でな。グラブレのパタンナーだった人なんだ」
「え、元社員ってこと?」
「親父から放蕩息子の話を聞いて、なんとか力になりたいって、一時的に親代わりをしてくれた人なんだよ」
「そうだったんだ。じゃあ具合いが悪い間だけヘルプで戻ってたって事?」
「いや、気分転換になるからそれは関係なくちょくちょく顔出してるんだよ」
色んな人が出入りするだろう?とマサは言うと、慢心しないためにあそこは大事な場所なのだと説明してくれた。
「実家の仕事に向き合えるようになったのは、元パタンナーの先輩の教えがあったからなの?」
「そうだな。オーナーから聞いてなければ、家業に魅力は感じてなかっただろうな」
「なるほど、それは恩人だね」
「道香のことも気に掛けてたから今度一緒に行こうな」
「うん。一緒になら大丈夫だと思う」
道香は無意識に固くなってしまう表情を和らげると、お店に罪はないもんねと苦笑いする。
「それで、道香は俺と住むのは嫌か」
「急で驚いてるけど嫌ではないよ。ちょうど引っ越しを考え始めてたし」
「そうなのか?」
「うん。学生時代から同じ部屋で。学生向けの物件だし、そろそろ出ないといけない気もしてて」
マサは役職が変わったこともあり、今回の騒動も踏まえて、セキュリティのしっかりした場所に住まいを変えるつもりだと言った。
確かに会社の、それもグラブレのような企業の役員であれば、今のマンションでは心許ない部分があるのかも知れない。
「俺、趣味はバイク程度で、それに仕事が忙しいから使う機会がなくて無駄に金は貯まってるんだ」
「ん?」
「新居、買おうと思ってる」
「え! 買うの」
ちょっとスーパーで大根を買うのとは訳が違う。なのにマサはさらりと言ってのける。
「もちろん道香も住む家だから、条件を絞ってその中から一緒に選んでもらう。だけど今回のことも有るし、あまり時間は取りたくない。それでも良いか」
「マサさん、本当に私なんかで良いの?」
「今更だろ」
「でも……」
「俺はあんまりそういう表現とか得意じゃないし、何度も言うのは照れるけど、結婚を見据えてきちんと付き合っていけたらと思ってる」
「けっ……こん?」
「まだ三十二だけど、役員になったことで親父がやかましくてな。付き合ってる相手がいる話はしたから、無理に見合いをさせるつもりはないだろうけど、結婚の話はうるさいくらいされてんだよ」
げんなりと気が滅入ったように吐き出すと、だからって仕事辞めて家に入れとかそういう話じゃないからなとマサは改める。
「とりあえずその辺りは追々考えてくれれば良いし、俺は道香となら上手くやっていけると思ってるから」
普通に恋人同士同棲するくらいに考えてくれれば良いからと、マサは結婚というワードを会話から取っ払った。
「じゃ、とりあえず風呂入るか」
「あ、うん」
道香は未だ結婚というパワーワードと心の中で格闘していた。
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