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day1.傘
我が家の近くの廃屋に、女の幽霊が出るらしい。
それも、決まって土砂降りの雨の日にしか現れないという噂である。
原稿がどうにも手につかない私は、お誂え向きに強い雨が降り出したのを見て、その廃墟まで散歩することにした。
例の廃墟はその昔、ここらで一番の金持ちが住んでいたという。
広大な庭を囲む唐草模様のフェンスの向こうに、未だ豪邸といって差し支えないような建物が威容を誇っている。
不法侵入までする気は起きないので、通りを歩きながらフェンス越しに建物や庭を眺める。が、それらしい人影はない。
所詮噂は噂か、と踵を返した瞬間。
「申し……」
目の前に、着物を纏った女が立っていた。雨のせいもあって、先ほどまで周囲には誰もいなかったのに。
異様なことに、女はこの大雨の中、晴天の日に使うような白いレースの日傘を差している。しかも、穴あきが多いバテンレースであるにも拘わらず、着物には雨粒のしみひとつなかった。何なら、彼女の髪から爪先まで、どこも濡れているところはない。──十中八九、彼女はこの世のものではないのだろう。
「ああ、あなた。お待ち申し上げておりました……」
女は私に向かって手を伸ばす。その指先が頬に触れる寸前、傘を叩いていた雨音がやむ。その瞬間、雨滴に紛れるように女の姿がさぁっと掻き消えた。
頭上には、いつのまにか青空が広がっている。
当たり前だが、私に幽霊の知り合いはいない。
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