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咄嗟に顔を庇ったようで、腕にバシンと衝撃があった。
「お客様」
衝撃で閉じていた目を開くと、テーブル席の前には無表情の和泉さんがいた。違う、これは、この威圧感は、怒りだ。
「あれ?和泉くん。どうしたの?」
どうしたの?なんて白々しい。先ほどまで汚い言葉を発していた人たちとは思えない。
いつの間に戻っていたのか、ケンさんはカウンターの中から硬い笑顔でこちらの様子を伺っている。
「申し訳ありませんが、他のお客様のご迷惑になりますので、お帰りいただけますか」
「なあに?私たちだってお客だけど」
「お帰りください」
和泉さんは有無を言わさず会計伝票をテーブルに置く。女性たちは和泉さんのいつも以上に冷たい雰囲気に驚いたのか、伝票の上に乱暴に現金を置くと、急いで荷物をまとめて席を立った。
「今後のご入店はお断りします。ありがとうございました。お気を付けて」
一方的な彼の言葉を聞いて、女性たちは気まずそうにお店を出て行った。
あっという間の出来事であまり状況が理解できなかった。ボーッと彼を見ていると、威圧感のあった雰囲気が急にフッと緩む。ああ、いつもの和泉さんだ。
「大丈夫か?ごめん、ひとりにして」
「…ううん。私こそ、お店に迷惑かけちゃった。ごめんなさい」
冷静になって気付く。ここはゆったりとした音楽の流れる落ち着いたバーだ。周りのお客さんに言い争う声が聞こえていたのではないだろうか。
「今日は比較的賑やかだから、そんなに周りは気にしてないと思う」
「でも…」
申し訳なくて落ち込む。
和泉さんは半個室になっているテーブル席とフロアの間にあるレースカーテンを纏めているタッセルをスッと外し、私の隣に座る。
カーテンが下りて透け感はあるものの、店内が薄暗いので向こうの人影が少し見える程度だ。
普段レースカーテンを下ろすことはほとんどない。
「嬉しかったよ」
「え、何…」
「盛大に愛語ってくれてただろ」
「あ、あれは…!聞こえてたの…?」
「近くにいたからな」
まさか本人に聞かれていたなんて。恥ずかしさで顔から火が出そうなくらい熱くなる。
彼はそんな私を見て嬉しそうに笑うと、頬を撫でて優しくキスをした。
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