「全部忘れるくらい」

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 歓迎会という名の飲み会の会場はcrescentに程近い居酒屋だった。  18時にお店に直接行くことになり、私は美晴や数人の学生たちと学内で時間を潰していた。  そろそろお店へ向かおうかという時にふと、和泉さんに飲み会のことを知らせておいた方がいいのではないかと思い立った。  普段はどこに行くとか、誰かと何をするとか、彼にわざわざ報告したり連絡することはない。  でも逆を考えてみる。もしも彼が誰か私の知らない人たちとお酒を飲みに行っていたら。仕事柄ないとも限らない。しかもそれが異性のいる場だったら。彼を信用してない訳ではないけれど、私ならひと言言って欲しいかもしれない。前もって聞いておくのと、後から聞かされるのとでは気分が違う。 「ちょっと連絡だけ」 「うん、待っとくねー」  和泉さんに『今からゼミの飲み会に行ってきます』とメッセージを入れると、すぐに既読になって『気を付けて』とだけ返信が来た。営業前にスマホを見ながら休憩でもしていたのだろう。  これで少しは安心だ。  昔の私ならこういったことにまで意識は向かなかったと思う。自分の立場になって相手のことを考えてみるなんて尚更だ。彼と付き合うようになって、少しずつだけど自分が成長いるような気がして嬉しかった。 「えー、怜南ちゃん何ニコニコしてー」 「彼氏?」 「…えっと、まあ…うん、そう」  みんなよく見てるんだな…。 「どんな人なの?同じ大学の人?」 「ううん、年上の人だから」 「わー、怜南ちゃんっぽい」  私っぽいとは一体どういうことなのか。 「怜南って落ち着いてるもんね。全然騒がしくない。彼氏が年上なのも納得だわ」 「なによー、美晴。私たちが騒がしいみたいな言い方!」 「ほら、そういうとこそういうとこ」  周りの子たちは、ケラケラと笑いながら美晴を責める。  美晴のおかげで友人の輪も広がって、難なく新しい環境で楽しく過ごせそうだ。  その後もみんなの恋愛話で盛り上がり、お店への移動時間もあっという間だった。
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