「全部忘れるくらい」

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♢♢♢♢♢ 美晴side  9つ歳の離れた姉の恋人に初めて会ったのは、俺が高校生の時だ。  当時姉は後期臨床研修を受けていて、相手は専門医を取得したばかりの男性だった。 「初めまして。篠崎優一郎です」 「弟の美晴です…。初めまして…」  明るくて、優しくて、俺のにも理解があって。どうしても医者にはなりたくないと言った俺を一番最初に認め、そして親を説得してくれたのも他ならぬ姉だ。  いつも俺を大切にしてくれる、そんな姉のことが大好きだった。  親同士が同僚だったこともあって、お互いの両親とも学生時代から何度も会っていたようで、受け入れられるのはあっという間だった。  姉が取られてしまったような少し嫌な気分になって、姉の恋人を認められなかったのは俺だけだ。  そんな俺と、優一郎さんは仕事の合間をぬってはゆっくりとゆっくりと時間をかけて根気強く会ってくれて、俺もいつの間にか彼になら大好きな姉を任せられると、そう思うようになった。 「俺にも、美晴くんと同じ歳の妹がいるんだよ」 「へ〜、そうなんだ。名前は?どんな子?」 「名前は怜南って言うんだけど。どんな子、か。そうだな、守ってあげないといけない、可哀想な子、かな。いつか会うことがあったらよろしくね」  それはどういうことだろう。その時は妹について深く聞くことはなかった。  その後、優一郎さんの妹が偶然にも俺と同じ大学だということは姉伝いに聞いていた。だけどまさか学部まで一緒で、しかも同じゼミだなんて。世間は本当に狭い。  近々優一郎さんと姉が結婚すれば、俺と怜南も親戚ということになるのだから何とも面白い縁だ。 「怜南、大丈夫?飲み過ぎじゃない?」 「大丈夫だよお。美晴のもちょうだい」  そんな彼女は先ほどから飲むペースが上がり、俺のグラスまで空けようとする始末。  急にどうしたのだろう。確かに以前優一郎さんが言っていた通り、守ってあげないといけない、危うい雰囲気のある子だとは思った。  周りの人たちももう既に酔っ払っていて、怜南が特別目立っている訳ではない。机に突っ伏して寝ている人もいれば、トイレに行って戻ってこない人、振られた恋人の話をして号泣している人もいて、飲み会の場はそれはもうすごい惨状だった。
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