「全部忘れるくらい」

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 どうしよう。  その時、俺にかかっていた怜南の重さがなくなり、彼女の身体が俺から離れた。 「あ、え…」 「悪かったな」  怜南を抱えていたのは、俺よりも20cmは高いであろう身長に、少し長めの髪の毛をハーフアップにしたすごく綺麗な男性だった。  もしかしてこの人が…  騒がしかった周りのゼミ生たちも一瞬でその彼の雰囲気に飲まれた。 「怜南ー、帰るぞ」 「あれえ、和泉さん?」  どれだけ呼びかけても起きなかった彼女が、彼の声に反応して目を少しだけ開けた。  やっぱりこの人が怜南の彼氏。和泉絢斗という人だ。 「おー。お前なんでそんなに飲んでんの」 「…全部いやになったから」  そう言って怜南は彼に抱き付く。そんな彼女を彼は愛おしそうに撫でた。 「なんかあった?」  それは俺に向けての言葉だった。 「特になにもなかったと思うんですけど、急に…」  彼女がお酒を飲み出したのはどのタイミングだっただろうか。思い出してみる。  一軒目はほとんど飲んでいなかったと思う。飲んでいても甘いお酒を少しだけ。二軒目だ。突然目の前のグラスを飲み干して、その後俺と同じお酒を注文した。そう、あれは濃いめのハイボール。あの時に何があったっけ…? 「あ、姉ちゃんの…」  そうだ。お互いの兄姉や家族の話をしていた。  それが原因?確かに怜南の反応は少しおかしかったかもしれない。辿々しいというか。 「あの、ちょっとお話いいですか。ここだと、出来なくて」 「…いいけど。付いてくれば」  こんな道端で、しかもゼミ生たちがまだ屯っているところで出来る話ではない。  俺は言われた通りに、怜南を抱き抱える彼に付いて行った。  少し歩いて着いたのはcrescentという名前のバーだった。カランという音と共に開いたドアからはゆったりとした音楽が聞こえてきた。 「アヤ、おかえり。怜南ちゃん大丈夫そう?」 「おー、裏行く。水くれ。少しそこで待ってて」  そう言ってバーカウンター内の男性のひとりからミネラルウォーターを受け取ると、彼はカウンター横のドアを開けて中へと入って行った。  えーと、俺は一体どうすれば…。 「いらっしゃいませ。初めましてかな」 「あ、はい…。こんばんは」 「空いてるカウンター席で待っててくれていいよ」  さすがは金曜日。落ち着いた雰囲気の店内はほぼ満席だった。  狼狽える俺に優しく声をかけるバーテンダーさん。  カウンターに座って少しして先ほどのドアが開き、和泉さんが顔を出した。 「こっち」  俺はバーカウンターの中の人たちに軽く会釈をして、言われるがままスタッフルームらしき場所へ入ったのだった。 ♢♢♢♢♢ 美晴side fin.
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