「全部忘れるくらい」

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♢♢♢♢♢ 絢斗side  珍しく怜南から飲み会に行くとメッセージがあった。ゼミというからには男もいるんだろう。きっと気を遣って連絡してきたに違いない。  彼女を信用していないという訳ではないが、やはり少し心配なところもあるのは事実だ。  時刻は23時を過ぎ、ふと彼女は帰宅しただろうかと気になった。大学生の飲み会がどんなものなのかは分からないが、俺らのように朝まで飲んだりするのだろうか。  仕事の合間にメッセージを送ってみる。しかし、彼女から返信が来ることもメッセージが既読になることもなかった。 「ケン、ちょっと電話いいか」 「うん、どうぞ」  金曜日ということもあってほぼ満席だったが、スタッフは十分に足りていたので俺はスタッフルームに入った。  盛り上がっていてメッセージに気付かないだけなら別に良い。だけどもしも何かあったらのだとしたら。いつもマメな怜南から何も連絡がないというのはこんなに心が乱されるものなのか。  こんなこと、昔の自分からは考えられない。 「俺も変わったな」  通話履歴から怜南の名前を探して電話をかける。探すといっても、俺が電話をするのなんて怜南かケンくらいのものだから一瞬で見つかったのだが。  長い呼び出し音の後に聞こえたのは、男か女か分からない中性的な声だった。  友人だというそいつが言うには、怜南はかなり酔っているようだ。幸いにも場所はここから徒歩数分。迎えに行くことにした。  電話で聞いた居酒屋の前には20人以上の人だかり。地面に座り込んでいたり、大声で騒いでいるヤツもいる。その中に女に抱えられた怜南の姿を見つけた。そんな彼女に近付いて腰に手を回そうとする男の姿を見て、すぐに駆け寄る。  …必死過ぎるだろ。と心の中で笑った。  全部いやになったと言って甘えてくる怜南を見て、何かがあったのだというのはすぐに分かった。怜南を抱えていた平岡美晴と名乗った友人が、その理由を知っているような様子だ。  話がしたいと言うので、crescentに連れて行くことにした。
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