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負けず嫌いを直す薬があればいいのに。
正しい負けず嫌いは、誰かを見習って自分のやるべき事を前向きに頑張ろうとする。
間違えた負けず嫌いは、誰かに嫉妬して手に負えない事なのに無理に勝とうとする。
たぶん、今の私は間違えた負けず嫌いだ。
ふわふわと地に足がつかずに、夢みたいな物語ばかり書き散らしている。友達や職場の同僚に陰口を叩かれた訳じゃない。友達はみんな優しく見守ってくれる。職場では物語を書いてる事は秘密にしてある。
伏兵は身内にいた、両親ではない。兄弟は面倒臭い。私が兄より先に生まれていたら、何か違っていたのか。
「いつまでも小説にうつつを抜かして、夢ばかり見て。大体いつも思いつきで行動して計画性も慎重さもない」
久しぶりの帰省で兄と鉢合わせ。我が家の中で唯一お酒が飲める兄は、酔うと説教がましくなる。適当に聞き流していたけれど禁断の一言を兄は放った。
「お前の小説なんてつまんねえよ」
酔った勢いの戯れ言でも聞き流す限界を越えていた。私はキッチンに逃げ込み、換気扇の下で煙草に火を付ける。兄が好んで飲んでいるビールの空き缶が目障りだ。右手に煙草を持ちかえて、シンクのレバー式の水道を利き手の左で押し上げる。片手のまま空き缶を水ですすいで、水を切ってから缶を力強く潰して資源のゴミ箱に投げ捨てる。
「年上に生意気な口をきくな」
私が兄より先に生まれていたら、姉として叱れたのかも。自分でもとっくに勘づいていたプロとの力量差を、つまらないの一言で兄に刺された。正論だから何も言い返せない。
でも誰も言わない事を言ってくれるのは身内だからこそ。無理に言い聞かせてもう一本煙草を吸う。シンクのボウルにある洗い物を片付けてから実家のダイニングに戻る。
兄は茶の間に移って父と野球中継を見ていた。残りの洗い物を運びながら母が小声で話しかけてくる。
「お兄ちゃんの所は人数が多いから…。二人で仲良く自由に見えて羨ましいから余計な事を言うんだよ。飲んでると困るね、ごめん」
敢えて子供という単語を避けて、兄の代わりにフォローに回る母。私と兄との共通点は結婚してること、相違点は子供がいるかいないか。母が謝る筋合いはない。でも、私が母の立場でも似た言葉を口にしただろう。
父と兄は良く言えば豪快悪く言えば無神経。
母と私は良く言えば繊細悪く言えば心配性。
家族の中で綺麗にバランスが取れている。
兄が酒を飲むなら飲めない私は煙草。
兄は煙草は吸わない。無意味な負けず嫌いのせいで健康に悪いニコチン中毒だ。
コロナさえ無ければ、兄も私も自分の実家と自分の妻や夫の実家の両方に家族で行けたはず。身内だけの帰省はギクシャクしていた。義理の関係同士がいれば遠慮があるから、傷を抉るような会話にはならない。
それから兄は将来への経済的な備えの大切さを饒舌に語る。酔っている割にはまともな話。負けず嫌いの種は、怒りを押し殺すように複雑に根を張り、覆い被さる土も石も押し退け、勢い余って力強く発芽した。
兄に出来て私に出来ない事なんてない。
物心が付いた幼い頃から私は負けず嫌いだった。大きくなるにつれ、負けを認めることが増えてきた。それでも何なら兄に勝てるのか。スポーツでは勝てないから、中学からは文化系の道を選んだ。母や母方の祖母は文化系。本は家にも母方の祖母の家にも沢山あった。本は大人しく本棚に収まらずに、そこかしこに読みかけの本が置かれていた。
読書や小説を書くことに兄は殆んど興味を持たない。負けず嫌いの私にとって物語の世界は聖域だった。
だか年を重ねてアラフォーの今、リアリストの兄の言葉は重い。たった三年先に生まれてきただけで偉そうに、毒づいても虚しい。
間違えて糊をきかせたフリースの上着の化学繊維が、首筋に細かい針のように刺さる。フリースも間違えて糊付けすればゴワゴワと硬くなる。私の負けず嫌いは方向を完全に間違えている。経済に疎い私が、大学で経済を専攻していた兄に勝てるはずがない。学問として学ぶだけでなく社会人になって二年後位から投資を地道にやってきた兄。
兄に出来て私に出来ないことなんてない。将来への備えとやらをやってやる。勢いで発芽した間違えた負けず嫌いは、恨みでうねった負けず嫌いはツタのつるを伸ばし始めた。
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