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1話完結・読切
少しばかり寝坊したものの、まだ早朝。道路はすいている。
「よし、間に合う」
無意識につぶやき、ハンドルを握る手に力をこめる。
同期を出し抜き、どうにか取り付けた大口の新規とのアポイント。
絶対に遅れるわけにいかない。
片側一車線づつの一本道。後続車はない。
側道から車が1台合流して前をふさいだが、クーペタイプの真っ赤な高級車だ。ノロマな運転はしないだろう。
おまけに、ナンバープレートの数字は『7』。ラッキーセブンとは縁起がいい。
やがて、次の交差点が近くなる。
信号は黄色に変わりかけたが、ギリギリ突っ切れる……と思いきや、前のクーペが、停止線の前で急停車しやがった。
必然的にオレも、あわててブレーキをベタ踏みする。上体が前後に弾んだ。
「クソッ!」
ヤンチャっぽいナンバーと流線型の車体は、完全な見掛け倒しかよ。
「だったら分かりやすくエコカーにでも乗ってろってんだよタコが!」
信号が青に変わった瞬間、盛大にアクセルをふかしてアオった。
カマを掘る勢いで車間距離を詰めれば、プレートのラッキーナンバーがシャクにさわる。
こっちは型落ちの社用バンなんだ。そっちは余裕でマクれるはずだろうが。ほれ、サッサとスピード上げやがれっての。
ええいイライラするぜ、この鈍足クーペ!
目の前のナンバーに挑発されているような錯覚で頭に血がのぼり、オレは、アクセルをいっそう踏み込み、ハンドルを右に流した。
花見の時期だというのに履きっぱなしのスタッドレスが、ケチなスキール音をたてて反対車線にハミ出す。
ほんの数秒ながら、わざとスピードをゆるめて並走し、赤いクーペの運転席を殺意全開でニラミつけ、思いっきり左手の中指を突き立てて見せてから、アクセルペダルを限界まで踏み込み追い越した。
そのとき呆然と怯えた顔でオレを見返していた温顔の中年紳士が、アポイントの相手だったと知るのは、もう間もなくのことだ。
END
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