7人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
猫の隠し事
眞弓と汰朗は、翌日の午後三時過ぎ、婦人が紅茶の教室で留守にすると言っていた時間に洋館の庭を訪れた。負い目を感じさせる緩慢さで眞弓は出窓に近づくと、コンコンと窓ガラスを軽くノックした。暗闇からするりと白い影が現れる。あのペルシャ猫だ。慣れた手つきで窓を押して、声が聞こえる程度に隙間を開けた。
『何の用だい。ご婦人の留守に』
「もう一度話を聞きに来た」
『全部話したさ』
「雌猫を知っているだろう?」
ペルシャ猫は毛づくろいをぴたりとやめて、汰朗を見つめた。
「昨日、あなたは私の質問に、三毛猫が三度来たといった。けれど、眞弓――この代理人の話だと、ご婦人は毎週末の紅茶の勉強会以外は、夜まで家を空けることはないと言っている。つまり、三毛猫が三度訪れるには、今から三週間前に一度訪れる必要がある」
ペルシャ猫は目を細くして、汰朗の話が終わるのを待っているようだった。
「さらに、あなたは三毛猫が自分で食事を捕まえることが出来ないとも言っていた。しかし、二日前に、私は三毛猫が俊敏に逃げるさまを見ている。あの姿は、あなたが話した三毛猫の姿とはどうも食い違う」
『話の長い生き物は嫌いだよ』
「あなたが最初に食事を分け与えたのは、雄ではなく、雌の三毛猫ではないだろうか」
『そうさ』
ペルシャ猫は、短く答えると、両腕を組んで座り込んだ。
『あの雄は、雌に代わって現れるようになった。決まってこの時間にね』
「合っていたようだ」と汰朗は眞弓に告げる。眞弓も息を呑んで僅かに頷いた。
「なぜ、灰猫に教えなかったんだ」
『身重なんだよ』
ペルシャ猫は顔を逸らした。
『ここに初めて来た時に、安心して産むことが出来る場所はないかと聞かれたんだ。この町でそれは叶わないと言ったら酷く嘆いていたよ』
「それで、身を隠すようにと教えたのか」
『ああ。野良に見つかったら獣医を呼ばれるからね。あの山を越えてやってきたそうだよ。背中に大きな傷があって、乾いた血と泥に塗れてひどいもんだった。そこまでして産みたいものかね。理解に苦しむよ』
突き放すような結びとは裏腹に、ペルシャ猫は雌の三毛猫を案じているようだった。
「今はどこに」
『東の水車小屋に居るはずだよ。春には売ってしまうご婦人の持ち物さ』
ペルシャ猫は、ふと空を見上げた。
『今夜は満月だろう。あんたら遣いが来たってことは、その時なのかもしれないね』
最初のコメントを投稿しよう!