第0章 序章

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そんな毎日の繰り返しで… 時は西暦1185年06月24日。 澪「…知盛様…!」 知盛が壇ノ浦の海に身を投げた… 西暦1185年03月24日から同じ夢ばかり見て目覚めてを繰り返す澪でしたが…彼女のそんな様子に心を痛める者がおりました。 (みお)…元々は現代を生きる女子高生だったが何者かにより大阪難波駅のホームで突き飛ばされ命を落とした事を不憫に思った学問の神様、菅原道真により平安時代へと異世界転生を果たした女性であり平家滅亡に殉じまだ寒い春の海へと身を投げた平知盛の継室であり最愛の妻だった。 それは… 武藤頼平『…どうすれば澪を助けてあげられるのだろうか…?』 武藤頼平(むとうよりひら)…平知盛の正室だった武藤鳴海の実兄であり澪が知盛の継室となる際、兄貴分となり支える事を約束したものの…本当は、 それ以上の気持ちを持っていました。 心と身体はやはり裏腹なもので… こんな事をしてもダメだとは思いながらも… 気づいた時には澪が休む部屋の襖を乱暴に開け泣きじゃくる澪を抱きしめておりました。 しかし… 澪「…知盛様…。」 叶わぬ恋に苦しむ頼平の気持ちを裏切るように澪の唇は…知盛の名を呟くのでございました。 武藤頼平「…澪!しっかり致せ。 ここは京にある我が屋敷ぞ…!」 しかし… 武藤頼平「…澪!」 こちらもどうやら夢だったようで… 目覚めた後の後味の悪さと来たら… 頼平「極めて気分が悪い…。」 それはさておき… 源平合戦が終結してから3ヶ月の時が流れ初夏の気配を感じるこの頃は、 京の都は夏もまだ先だと言うのに 毎日焦がれる程の暑さでした…。 結羅「お坊ちゃま!さっさと飛び起きて下さりませ。朝餉の器がいつまでも片付けられず…迷惑しております!」 目覚めた後の後味の悪さと茹だるような暑さにうんざりしていた頼平でしたが乳母である結羅の大声を聞き結局、飛び起きる事になりました。 頼平「そう言えば…鎌倉に向かう準備をせねばならぬが澪は…相変わらずか…?」 長年京の都で暮らしていた頼平でしたが鎌倉に幕府を開いた源頼朝に仕えるため御家人として鎌倉へと向かう事となっていましたが澪の身を案じるあまり出立するのを延ばしておりました。 結羅「最愛の人を喪えば… その人の時間は止まるのですよ?」 結羅(ゆら)…武藤頼平の乳母で今は亡き武藤頼兼の側室だった。その為、頼平も母のように思い慕っている。 頼平「…生きている人間は死んだ人間には敵わぬ。生きている人間は歳を重ねて老いていくが死んだ人間は死んだ年齢のまま歳を重ねる事はないのだから…な。」 結羅「お坊ちゃま、年寄りみたいな発言はお辞め下さりませ。生きている人間にも出来る事はあるんじゃないですか?きっと…」 頼平の年寄りみたいな発言はさておき 澪の時間は結羅の言う通り…あの日から止まっていました。 澪「…」 澪は頼平の部屋の隣室にある客間から 外に出る事はなく…昼夜問わず真っ暗な部屋の中で今は亡き最愛の人を偲んでいました。 そんな澪の心に寄り添おうとずっとその傍を離れず近くに控えているのは… 亜樹(あき)「澪の方様、少しはお食べになられませんと…体力が持ちませぬ。京の夏は身体に堪える暑さですよ?」 亜樹(あき)…知盛と澪が祝言を挙げた時から澪に仕えている古参の侍女。 佐武郎と咲樂の乳母代わりもしており 基本的に休む暇のない忙しさではあるものの… 澪「亜樹にばかり頼ってしまい… 本当にごめんなさいね。」 澪の気持ちが少しでも前向きになればと願いながら今日もその心に寄り添っておりました。 亜樹「澪の方様、勿体なき御言葉にございます。しかし…亜樹の事を思われるならば少しでも口にして下さりませ。亜樹は澪の方様のお身体が案じられてならないのでございます。」 亜樹と澪の話が聞こえたようで 頼平はまた頭を悩ませてしまい… 頼平「鎌倉殿〈=源頼朝〉から早く出仕せよとの檄がこれでもかと言わんばかりに届くのだが…結羅、今は鎌倉に行かぬ方が良いのではないか?」  すると… 頼平の発言に対して結羅は、 自らの唇に人差し指を当てると… 結羅「主となられた鎌倉殿に逆らってはなりませぬ。澪様の事は私と亜樹にお任せ下さりませ。万事、頼平様が望まれるように致しまする…。」 澪と頼平の為に万全を期す事を約束した結羅ではありますが…あの日の事はあれからどれだけの月日が流れようとも忘れられそうにありませんでした。 何故なら… 結羅「長門国まで澪様をお迎えに行くと聞いた時には血の気が引きましたよ。本当に…頼平様は困ったお方ですね…」 結羅の心配などお構いなしの頼平は、 隣室の客間ばかりを気にしていました 澪「頼平様、御迷惑をお掛けました。」 頼平「澪、その事はそなたの責任でなく私が助けたいと思ったから助けに行ったまでの事だ。」 そんな澪…中村澪は今から03ヶ月前、 壇ノ浦にて非業の最期を遂げた平知盛の継室であり武藤頼平の父親である武藤頼兼の猶子でもありました。 そんな澪は知盛の事を誰よりも愛していたので決戦の地である壇ノ浦にて 最期の瞬間を迎えようとしていた 知盛の腕に縋りつきました…。 澪「如何なる時も私は知盛様のお側にいたいのでございます…」 しかし… 知盛「ならぬ…そなたは生きてくれ… 子ども達には母が必要だ…」   知盛は澪達が生きる事を願い 1人まだ冷たい春の海へと飛び込み… 自らの命を絶ちました…。 澪「逝かないで…知盛様…」 すると… 頼平「帰ろう、澪。 子ども達と共に私が当主を務める武藤家の屋敷へ…。」 知盛の配慮により迎えに来ていた頼平と子ども達を連れて京に戻った澪でしたが子育てが出来るような精神状態ではありませんでした。 澪「頼平様、もし鎌倉に向かわれるなら私を鎌倉殿の元へ連行して下さりませ。私は夫の元へ逝きたいのです…」   鎌倉殿とは頼平が新しく仕える事になった源頼朝の事ですが…平家の武将達の血が繫がる事を許せないようで… 落ち武者狩りに力を入れていました。 すると… 頼平ではなく頼平の乳母である結羅が 何故このような事を口走ったのかは 定かでないのですが… 結羅「澪様を連行するなど今は亡き大殿がお聞きになられたらどれ程悲しまれてしまうか分かりませぬ…」 今は亡き大殿〈=頼平の父親であり先代当主となる武藤頼兼。〉の話を持ち出したのですが…これには頼平も困惑の色を隠せませんでした…。 何故ならば… 頼兼は後ろ盾のない澪が、 知盛の元へ再嫁するためだけに… 清盛から便宜上猶子として迎える事を強制されただけで名前だけの親と言った立ち位置でございましたので… もし生きていたとしてもそのような反応をするかと言われれば…頼平でさえも小首を傾げてしまう程でした。 但し… 頼平からすれば奈落の底に突き落とされてしまう程の絶望になってしまう事は今の澪に言うべき言葉ではない事は頼平とて理解していました。 だからこそ頼平は… 結羅の言葉にも何も返さず… 頼平「…」 思わず黙り込んでしまいました。 澪はそんな頼平に対しても構わずに 思った事を口にしました。 澪「…どうして何も仰せになられないのですか?」 澪から強い口調で問われた頼平は、   澪の真正面に座り…澪と真剣に向かい合う事にしました。 頼平「澪は知盛殿の元に逝けたら満足かも知れぬが遺された者達は如何するのだ?」 頼平は下を向いてばかりの澪の両肩に手を置いてその瞳を見つめながら… 澪の心に問い掛けておりました。 亜樹「…なりませぬ、澪の方様… 知盛様はきっと悲しまれまする…。 最期の願いを澪の方様に託されたのですから…。」  頼平の言葉に亜樹は共感し、 今にも泣き出しそうになりながら… 澪の事を引き止めました…。 知盛『澪は子どもらと共に生きるべきだと僕はそう思っている。』 澪が思い浮かべた知盛は、 澪と子ども達の幸せだけを考えて 優しく微笑んでおりました。 澪「知盛様…。」 頼平は澪の事を想うが故に、 敢えて厳しい言葉を澪に告げました。 それは… 頼平「澪が連行なり出頭なりの道を選べば鎌倉殿は子ども達を探し…その命を奪うは必至ぞ…。それでは知盛殿は浮かばれぬ…ではないか…」 それと… 亜樹「澪の方様、みつ殿に託された知忠様の事をお忘れになられたのですか?」 亜樹から告げられた知忠という名前を久しぶりに聞いた澪は…知盛を喪った事で自暴自棄になっていた事もあり… 漸く思い出しました…。 それは… 知忠「母上様、どうか健やかにお暮らし下され…。自分もみつと共に穏やかな暮らしを致しまする。」 知盛と澪にとっては次男にはなりますが鳴海と知盛の間に産まれた知章(ともあきら)を含めると正式には三男になる知忠(ともただ)という息子の事でございました。 澪「私が鎌倉殿に連行されたり鎌倉殿の元へ出頭すれば恐らくみつに託した知忠の存在も明るみに出るでしょうね…」 亜樹と頼平は澪の言葉に頷き、 澪は今まで失っていた生気が蘇ってきたような不思議な感覚を覚えました。 それと… 澪「佐武郎、咲樂」   1歳の乳飲み子である佐武郎と5歳になる咲樂の命も風前の灯火となるは… 必至…。 知盛『咲樂は何だか澪に似ている気がするよ…。佐武郎はもしかして僕かな?』 戦の時は優雅で気品ある話し方を心掛けている知盛でしたが家族の前では…砕けた話し方をしていました。 澪「知盛様…。」 頼平と亜樹、それに結羅は澪のために心を砕き説得を重ねました。 頼平「澪、知盛殿が最期の瞬間、澪に託した願いを…澪が知盛殿を愛した証として世に産まれた子ども達を守り抜く事も澪が親としてすべき事ではないのだろうか…?」 結羅「お坊ちゃまにしては良い事を仰せになられました。結羅が訂正すべき点が少しもないだなんて…」 頼平「結羅、その言い方はとても心外に感じるんだけどちなみに私の事を心から誉めているのかな?結羅…。」 結羅がひと言余分な事を口にして 頼平を怒らせた事はさておき… 澪「頼平様、申し訳ありませぬ。2度とこのような言葉は口に致しませぬ…。結羅と亜樹もごめんなさいね。」 澪は頼平と亜樹、それに結羅がした説得のお陰でこれからの人生を生きぬく覚悟を決めました。 頼平「それなら私も結羅から嫌味を言われてまでも澪を説得した甲斐があったものだ…。」 結羅「嫌味ではありませんよ、私なりにお坊ちゃまをお誉めしていたまでにございます。」 亜樹「結羅様、咲樂様が嫌味を真似ては困りますので咲樂様の前では控えて下さりませ…。佐武郎様はまだ1歳なので…覚えられないとは思いますが…。」 咲樂「…佐武郎にしては… 良くやったわ…偉いわね…」 亜樹の隣で咲樂は佐武郎相手に 嫌味な褒め方を実践していました。 亜樹「…咲樂様、 佐武郎様はまだそれが嫌味な褒め方だと覚えられないので大丈夫ではありますがそのような事を覚えてはお嫁の貰い手がなくなってしまいます。」 しかし…   亜樹が幾ら真剣にその将来を案じているとはいえまだ咲樂は5歳なので… 咲樂「亜樹の話は時折難しい。」 完璧に理解するのはまだまだ難しいようでございました。 亜樹「…それはですね…」 亜樹が咲樂にも分かるように 切々と語る隣で澪は1つだけ腑に落ちないところがあったので頼平に尋ねる事を決めました。 それは… 「…どうして頼平様は私のような敗将の妻にそこまで心を砕いて下さるのです?」 そもそも頼平は今は亡き武藤鳴海の兄であり元々澪と祝言を挙げるはずだったのは知盛ではなく頼平でした。 しかし… 武藤家との絆を重視する清盛により 頼兼は娘である鳴海の死後すぐに… 澪を猶子として迎え知盛の継室にせよと命じられてしまった事で諦める努力を強いられてしまいました。 但し… 頼平『本気で好きになったら諦めろと言われても諦められるはずがない!』 まだ、澪への想いを諦めきれない 頼平はある条件を澪へ提示しました。 それは… 頼平「それを知りたいならば 私と…契約恋愛をしないか?」 現代で生きていた事がある澪ですらも聞き慣れない契約恋愛というもの。 澪「私と契約恋愛をして頼平様の利になる事などあるとは思いませぬ…。」 頼平「澪が私と契約恋愛すれば私はいつも澪と共にいられるし鎌倉殿には我が許婚と説明すれば澪や子らの命は救われるではないか?」 澪は最初こそ戸惑いましたが、 今は亡き最愛の夫・平知盛は、 知盛『澪、生きてくれ…。 生きて子らと共に未来へ命を繋いではくれぬか…。』 澪と子ども達の幸せだけを願い その手を離したのです…。 澪「知盛様…。」 それと鎌倉に行き頼平と行動を共にするならば…鎌倉殿に気に入られてはならない理由がありました。 それは… 頼平「鎌倉殿の女好きは、 筋金入りだと御家人皆が噂している。」 頼平の主人になる頼朝は、 御台所である北条政子が懐妊しているというのに亀の前という愛人を御家人の屋敷に囲い…怒り狂った政子により手痛い仕返しを受けた程でした…。 そんな目に遭っても懲りない頼朝は、 たくさんの浮き名を流しては政子を苛立たせておりました…。 そんな噂を聞けば聞くほど頼平は、 愛しい澪の事が気になって仕方なく 契約恋愛の話を持ち出したのです…。 本当は… 頼平『契約恋愛ではなく本気で恋愛したいのだが傷心の澪にそんな話出来るはずもない…』 そのような事を望んでおりましたが、 澪の事を想うが故、頼平は自らの願望を口にする事はせず自らの心の中で呟くだけにしておく事にしました。 すると… 澪「…そこまで私と子ども達の身を案じて下さるのならば…是非…」 こうして頼平と澪は 契約恋愛をする事となりました。 頼平は知盛の事を愛する澪も、 知盛の想い出ごと愛する事を決め 咲樂の事も今は亡き父親ごと愛する覚悟を決めていました。 1台の牛車に乗りすし詰め状態に近い状態となっていた頼平一行が京の都を後にしたのは…それからひと月後の7月24日の事でした。 澪「これからは…頼平様を父と同じように敬うのですよ、咲樂?佐武郎。」 1歳の佐武郎はさておき5歳の咲樂からすると…納得の出来る話ではありませんでした。 咲樂「私の父親は平知盛です。」 澪「咲樂!」 咲樂の言葉に澪が感情を露わにすると頼平は悲しげに顔を歪ませながらも… 頼平「構わぬ。」 頭では咲樂の死んだ父親に敵わない事など知ってはいましたし覚悟はひと月前に決めたはずでした。 しかし… 気持ちの上では簡単に納得出来ないのも事実で人間の感情というものは複雑なものだとまざまざと…思い知らされてしまった頼平なのでした。 しかし… 頼平と澪の運命をここまでややこしくしてしまった元凶は… 平家が誇るトラブルメーカー兼 ムードメーカである…こちらの方でございます。 平時忠「トラブルメーカーとは誰の事だ?まさか…私ではあるまいな?」 そう、今は亡き平知盛にとって 母方の叔父・平時忠でした。 時忠「命ばかりは助かったものの流刑地での生活は雅でないな…」 今は真理のお陰で命だけは助かりましたが息子共々流刑地におり全く雅とは言えない生活をしている時忠でしたが 知盛の身に起きた悲劇に関しては、 時忠の行いに問題があったと言わざるを得ませんでした。 知盛と鳴海、頼平と澪が筋書き通りに結ばれていたなら頼平もこのような苦痛を味わう事もなかったのですが… 時忠「私の義兄である先代の総帥にも大きな原因があったではないか?全て私の責任にするのも宜しくないのではないか?」 時忠は限りなく不機嫌そうですが、 そろそろ物語を語らせて頂きますね… では… 時忠「大いに不服じゃ!」
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