第1章 寂しさを埋めるため…

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第1章 寂しさを埋めるため…

時忠「貴公子は…寂しさで艶やかさに磨きがかかる…ってそれは女だ!男は寂しさが大嫌いなんだ!」 この突然良く分からない持論を展開しているのは… 平時忠(たいらのときただ)…平清盛の継室である平時子の同母弟である。 序章においても娘の真理を仇の側室にしてまで生きようとしていた諦めの悪い男で平家が誇る?トラブルメーカー ちなみに、 「平家にあらずんば人にあらず」という台詞を口にしたのはこの男である。 同母姉である平時子からは、 「みっともない真似は総帥の顔に泥を塗る事になるのだからしないでね。」 このように再三警告を受けているにも 関わらず平時忠は、 平家と源氏が雌雄を決した檀ノ浦の戦いが起きた西暦1185年03月24日から約36年前まで遡った西暦1149年05月10日に史上最大のスキャンダルを起こしてしまったのでございます。 そのスキャンダルが起こった場所は、 平時子「時忠、貴方ったらこんな御殿を建ててはいけません!京では帝が住まわれている御所よりも立派なものを建ててはならないという決まりがあるのですよ?」 帝が住まう御所よりも立派で壮大な御殿を建設してしまい同母姉である平時子から叱られてしまう程目立った屋敷ではなく時忠所有の御殿でした。 しかし… いつもなら陽気に横笛を吹く自称・平家で1番優雅な男・平時忠…にしては何故かこの日は珍しくピリピリした空気を醸し出しておりました。 時忠「どいつもこいつも…。」 愛用している横笛すら箪笥(たんす)の奥底にしまい込んでしまう程、 時忠が機嫌を損ねているのには、 ある理由がありました。 それは… 時忠「あの女、 高飛車過ぎて私の好みではない…」 時忠が呟くあの女とは… 藤原嶺子…平家の総帥であり時忠の義兄でもある平清盛と時忠の同母姉であり清盛の継室でもある時子からの強い推挙により時忠とこの日の昼間、祝言を挙げたばかりの新妻の名前です。 しかし… 嶺子は大変困った事…と申しますか 時忠の個人的な女性のタイプとは大きくかけ離れた性格をしていました。 時忠「…私の好みは…3歩下がって私の事を立てる女性である。」 時忠の好みは本人も口にしているように極めて控えめで例えて言うならば、 時忠より3歩下がってついてくるような女性が好みなようですが…   平時子「仕方ないでしょ?控えめな女性だと貴方の性格なら暴走しそうな気がして不安なのよ…私は…ね。」 同母姉である時子は控えめな女性だと時忠の暴走に更なる拍車をかけてしまうのではないかと思い敢えて勝ち気で束縛の強い嶺子を推挙したのですが… 嶺子「私は…誰より美しく気高い特別な女性なのですから…時忠様にとって私こそが唯一無二の存在でなければならないのです。」 それにしても祝言を挙げてすぐに、 このような条件を突きつけるのは… 時忠「…我らは家と家とを繋ぐために 婚姻を結ぶだけの政略結婚ではないのだろうか?なのに…その条件は無理難題ではないのだろうか?」 時忠が苦言を呈している通り…と、言いますか時忠に苦言を呈されてしまう事自体困った事ではありますが… 嶺子「…一夫多妻制など私は認めませぬ…。時忠様には嶺子だけがおればそれで宜しいのではないのでしょうか?」 平安時代では一般的な生活様式(ライフスタイル)となっている一夫多妻制をきっぱり否定してしまうなど…困った以上のものでございました。 しかし… このような女性はどの時代にも… 少なからず存在しているものです…。 ちなみに… 似た時代の嫉妬深い妻として有名な方と言えば鎌倉殿〈=源頼朝〉の御台所である北条政子が浮かびます。 但し… 北条政子「私と殿はれきっとした恋愛結婚ですけれど…」 源頼朝と北条政子場合は…北条政子のひと目ぼれによる恋愛結婚です。 源頼朝「…政子の押しに負けたのだ。まさに押し出しとはこの事ではないのだろうか?」 頼朝さんの言い方ですとまるで相撲の技かのような言い方ではありますが… 北条政子「殿、鶴岡八幡宮に奉納する相撲の技ではありませんよ?」 源頼朝「…細かい事は気にせずとも良いとは思わぬか?私は相撲より舞の奉納が見たいのだが…」 会話が噛み合っているのか噛み合っていないのか良く分からない夫婦ではありますが…浮気問題はあるものの愛と幸せが溢れているこちらの夫婦とは違い… 時忠と嶺子に関しては… 藤原恭伸(ふじわらのやすのぶ)…嶺子の父親だが藤原成経の家系とは違い出世とは縁遠い国司になれたら出世したと言われる地方の豪族に近い貴族で 時忠の力に頼りたいので同母姉の時子に娘との縁談をお願いしていました。 藤原恭伸「こんな娘になってしまうとは…私達の育て方が悪かったのでございます。嶺子には考え方を改めさせるので何とぞ我が家を取り立てて頂けますように総帥への取り計らいを宜しくお願い致します…」 総帥〈=平清盛〉の継室である平時子の同母弟である時忠に嫁げば殿上人となり朝廷に出仕出来る日が来るかも知れないと思っていた恭伸夫妻でしたが 娘の態度で淡い夢は頓挫しそうになっておりました。 そのため、 薫子…伊藤薫子(いとうかおるこ) 伊藤祐親の娘で八重姫の異母姉。 嶺子の母親で藤原恭伸の正室なのだが 親に反発し続ける娘に頭を悩ませていました。 伊藤薫子「父上に恥を掻かせるとは何事ですか?嶺子、きちんと時忠様に謝りなさい。良いですね。」 母親である薫子により無理矢理謝らされそうになっていた嶺子は不機嫌なようで頬を膨らませていました。 但し… 平安時代においては… 父親や母親それに…夫となった男性に逆らうなどあってはならない事でございました。 嶺子「私は1番でなければなりませぬ。ひとり娘だからいつも一姫と呼ばれて皆から愛されてきたのですから…」 時忠もさすがに幾ら縁があったとは言えここまでの問題発言を口にする嶺子に対しては頭を抱えてしまいました。 但し… 時忠は態度が大きく話も大袈裟なところがあり妻の来ては…あまり期待出来るものではありませんでした。 そういう事情もあり… 時忠「気にしないで下さい。 これも(えにし)ですから。」 心の中では腸が煮えくりかえるような状態ではございますが偽物の笑顔を自らの顔に貼り付けて偽物の言葉で嶺子の両親達を気遣う時忠でしたが… 〈超〉が付くくらいわがまま娘となっていた嶺子は… 嶺子「…時忠様は私の事を お慕い下さっておられるのね…」 時忠がどのような想いでこの台詞を口にしたかなんて分かるはずもなく… また分かろうとするつもりもなく… 時忠も自らと同じ想いではないのかと勘違いし過ぎたようで… 時忠「はぁ?なんでそんな事になるのか毛頭分からぬ…。まぁ…分かろうとも思わぬが…」  時忠もさすがにこの発言には… あきれ果ててしまいました。 しかし… 自意識過剰なわがまま姫・嶺子は、 更なる勘違い発言を連発してしまうのでございました。   それは… 嶺子「では私は実家で暮らしますので時忠様が逢いたくなったら私の元へ逢いに来るように致しませんか?」 藤原恭伸「…嶺子…!」 伊藤薫子「嶺子!あなたって娘は…!」 両親ですらこの爆弾発言にあきれ果てて怒りを露わにしていると言うのに… 当然ながら夫になったばかりの時忠も さすがに嶺子のこのような態度には… 時忠「お前は一体何をしに来た? 嫁いで来たのか…それとも私をからかいに来たのか?どちらなんだ?」 怒り心頭に発すという状態になりましたが…肝心の嶺子は… 嶺子「あら?私は時忠様の妻となりに来たのですよ?総帥の北の方様〈=平時子〉も時忠様の事を愛して貰えるなら…と推挙して下さりました。」 決して悪びれた様子もなく… (むし)ろ自らは正しい行いをしていると言わんばかりに胸を張り…この態度には父親である恭伸と母親である薫子も頭を抱えてしまいました。 どうやら時子も嶺子の人となりに関しては二の次だったようで… 時忠『姉上ときたら…とんでもない女を正室に推挙するのだから…』 時忠もさすがに時子には逆らう事が出来ない事もあり心の中で時子に文句を呟くしか出来ませんでした。 時忠も想いとは裏腹に…嶺子は、 自分の想いを貫き事を選び… 嶺子「では…私は実家に帰りますので後は好きなようになさって下さりませ。私も好きなようにしますので…。但し…愛人を作るのはダメですよ。」 言いたい事だけ口にすると、 時忠の御殿に来た時3人で乗ってきた牛車へ乗り込み帰ってしまったのでございます。  時忠もさすがにあきれ果てるやら 腹が立つやから色んな感情が複雑に入り混じり…嶺子の事を追い掛けようなどとは決して思いませんでした。 そんなこんなで日は暮れ… 時忠は1人で晩酌をしていました。 時忠「あんな理不尽を極めた人間といるより1人でいる方がまだ良い。今日は誰にも逢わないと俺は決めた。」 時忠は昼間の出来事により人とは逢わない事を決めて1人で気楽な晩酌タイムを楽しんでおりました。 時忠「酒は1人で呑むに限る。」 しかし… 世の中というものは… 上手く行かない事が多々あるもので… トントン こんな時に限って時忠の御殿の扉を 控えめに叩く音が聞こえ時忠に仕えている侍女の和紗が応対に出向きました 侍女・和紗「はい、ここは平家の総帥・平清盛様の義弟・平時忠様のお屋敷ですが一体何の御用ですか?」 すると… 白拍子・弓弦「あなたではなく…主であられる方とお話がしたいのでお呼び頂けませんか?」 何やら控えめな声ではありますが、 和紗は弓弦の態度によりすっかり機嫌を損ねてしまいました。 和紗「…私は時忠様の乳母で白拍子なぞよりも殿の事を1番知っていますが貴女こそ控えめな声でも態度が悪すぎるのではありませぬか?」   白拍子・弓弦「」 時忠「いま…俺は機嫌が悪い故、 急ぐ用事でないなら後にしてくれ。」 半ばヤケに近い状態の時忠が渋々ながら声を掛けると外から更に控えめな 声が聞こえました。 弓弦「新人白拍子の弓弦(ゆみづる)と申します。よろしければお話だけでも…お聞かせ下さりませんか?」 傷心な時忠を放っておけないと思ったのか新人の白拍子・弓弦は切々と時忠の説得を始めたのでございます。 時忠「話くらいなら聞いて貰おうか。」 嶺子とは違い控え目な弓弦(ゆみづる)を気に入った時忠は屋敷へと招き入れたのですが…今思えばこれこそ災厄へと続く選択だったかもしれません 時忠「…正室の横暴な態度に辟易している為俺はとても疲れているのだ…」 時忠は屋敷の真ん中にある広間〈=現代のリビング〉に弓弦を案内すると、胸の中に溜まりまくっていた嶺子の態度を弓弦に対して愚痴り始めました。 弓弦「お疲れ様のところ申し訳ありませんがお気持ちをお慰めしたいので、一節だけでも舞わせて頂きたいです。」 時忠の話を一通り聞いた弓弦は、 舞を舞わせて欲しいとお願いしましたが時忠は首を横に振りました。 時忠「俺は白拍子の舞など見ている 気持ちの余裕がなくて…な。」 昼間、嶺子に振り回された時忠は、 心身共にひどく疲れておりましたので 雅な気分になれず弓弦からの申し出を一旦は…断りました。 弓弦「ですが… 少しだけでも御覧下さりませ。」 弓弦も時忠も退くつもりはなく… 「見ない」「見て」の押し問答を繰り返していく内に…何かを諦めたかのように乾いた笑みを浮かべる時忠を見た弓弦の胸は切なく軋みました。 時忠「そなたもなかなか強情じゃな。 新婚夫婦だというのに実家で寝泊まりするなどとわがままを突き通す妻に振り回されて雅な気分になれぬ俺に構ってもそなたが得する事などないのに…」 弓弦は自分を卑下する時忠の言葉に対しては何も口にせずただ黙ったまま舞を一節舞う事にしました。 弓弦『私の舞で時忠様のお心を少しでも癒やせる事が出来たなら…』 すると… 凛とした立ち姿…から 繰り出される見るものを魅了する その美し過ぎる舞い姿…に… 一瞬で心を鷲掴みにされた時忠は、 まだ舞の途中ではありましたが… 弓弦の事を後ろからきつく抱きしめておりました。 弓弦「何をなさいます?時忠様。」 すると… 時忠は、 時忠「そなたは…何よりも…誰よりも 美しい。今よりそなたを俺のものにする。」 言いたい事だけ告げると時忠は、 弓弦を強引に我がものとしてしまいました。 これには 弓弦も泣き出しそうな顔をしながら… 弓弦「何を…なさいます?私は貴方様の不満の捌け口ではございませぬ。」 強引過ぎる時忠を激しく睨みましたが時忠はそんな事など気にしない男… 時忠「そなたは俺のものだ。 俺が想いを遂げたい時に想いを遂げ、 舞を見たい時に舞わせる。」 時忠は弓弦を我がものとした途端、 屋敷から一歩も出そうとはせず その身を屋敷の奥に幽閉しました。 弓弦「酷い人…。」 弓弦も… わがままで強欲な時忠を初めの内は、 心の底から激しく憎みましたが… 毎夜毎夜、弓弦の居室を訪れる時忠に対して次第に「情」のようなものが溢れ出してくるようになりました。 時忠「もう俺を拒まないのか?」 拒まれるのが恐いはずのに… あえて聞くところは… まるで恐い話が嫌いなのに… 聞きたくて仕方ないというような 子どものようでした。 弓弦はそんな時忠に 優しく微笑みながら… 「時忠様は寂しくて仕方ないのでしょう?私で宜しければ…癒して差し上げますわ。」 時忠「そうか…。」 そして…月日は流れまして弓弦と時忠が初めて出逢ったあの日から約3ヶ月もの月日が経った8月15日の朝、 弓弦「うっ…。」 弓弦は急に激しい 吐き気を覚えました。 侍女・梅「大変でございます。殿と 薬師殿をお呼びしなくてはなりませぬ。」 ちょうど側にいた侍女の梅が… 大慌てで時忠と薬師〈=現代でいうところの薬剤師〉を呼びに行きますと大体予想はしておりましたが… 薬師「懐妊しておられますね。 三月になられます。」 間者・織絵「嶺子様、申し上げます。 我が君と流浪の白拍子との間に御子が宿ったようでございます。」 祝言を挙げるだけ挙げたものの… 後は実家に入り浸りさみしがり屋の夫を放置しているとは申せ時忠に執着している藤原嶺子は間者である織絵を秘かに時忠の屋敷へ残していました。 その織絵から報告を受けた嶺子は、 怒り心頭に発したようで耳まで真っ赤にしながら怒りを露わにしました。 嶺子「私の時忠様が白拍子を慈しんだだなんて…あり得ないわ!私を誰だと思っているの?」 さすがに自らの責任を放棄しておきながら…自らの権利だけを声高らかに主張する娘の嶺子に対して恭伸は躾も兼ねて敢えてきつい言葉を告げました。 恭伸「そなたは自意識が過剰過ぎる愚かな娘である。残念ながら…それ以上でもそれ以下でもないわ…」 恭伸の言葉に隣で座っている薫子も うんうんと夫の言葉に頷きながら… 薫子「寂しがる時忠様を1人にするからこんな事になるのです。貴女も結婚したのだから自分基準ではなく夫基準で物事を考えなければなりません。」 今度は薫子の言葉に恭伸が深く頷き 嶺子は誰かの賛同も得られず… 嶺子「どうして父上も母上も私の味方をして下さらぬのです?」 またもや自らの権利だけを高らかに主張していたのでございます。 藤原恭伸「この愚か者、織絵も要らぬ情報を届けずとも良いわ!」 これにより嶺子共々織絵までもが 恭伸の逆鱗に触れてしまいました。
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