第10章 亀裂

1/2

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/73ページ

第10章 亀裂

建春門院が崩御した翌年の西暦1177年に大変な事件が起きてしまいました。 そのきっかけは加賀国(現在の石川県)に赴任していた受領(ずりょう)藤原師経(ふじわらのもろつね)。 師経「受領と言ってもあんまりすることないから散歩でも行こうかな?」 ちなみにこの師経は平治の乱で義朝らに自害へと追い込まれた信西入道に仕えていた西光のダメ息子です。 受領として加賀国に赴任してからというものの名ばかりの受領でした…。 では、仕事もせず何をしているかと申しますと… 師経「ねぇ…ねぇ…彼女。 私の妻にならない? 良い暮らしさせてあげるよ。」 至るところで女性に声を掛けまくって いるナンパを極めたダメ男なのです。 そんな師経が運命を狂わしてしまう程美しい人妻である常葉に出逢ってしまったのは西暦1177年04月10日でした 白山寺住職盛運(せいうん) 「常葉様は熱心でおられる。御主人の御両親のためにこんなに熱心に祈られる方ですから出家の道にお誘いしたいくらいでございますな。しかし御主人は当寺院から還俗なされた方ですからな。恨まれては困りますからな。」 常葉の主人である仁志 智信(にし とものぶ)は幼少の頃に疫病で両親を亡くしたため孤児となっていました。 そんな智信を哀れに感じた盛運に引き取られ白山寺の僧侶となっていたのですが…そんなある日…。 常葉が風来坊の旅芸人として 加賀国にやってきた時仲間が 全員盗賊の被害に遭い命を落とすという残忍な事件が発生しました。 常葉は生まれつきの美貌で盗賊の凶刃からは逃れる事が出来ました…。 しかし… 盗賊の首領である月歩(げっぽ)から惚れられてしまいました。 月歩「俺の妻になってくれ。 本当に可愛いな。」 仲間の命を理不尽に奪った男の妻になるくらいならと常葉が悲壮な覚悟を決めた時助けてくれた人がいました。 曇天(どんてん)「困るな、大事な仲間を理不尽にも殺められた上にそれをした男の妻になれなんて災厄以外の何ものでもないよな?助けてやるよ。お嬢さん。」 実は曇天(どんてん)、僧侶なんですが 武芸も達者でございました。 まぁこの時代の僧侶は僧兵として京へ強訴しに行ったりしますから曇天も白山寺にいる僧侶達から武芸を教わっておりました…。 月歩「お、覚えていろよ!」 曇天「安心しろ!俺は… 美しくない記憶は覚えていたくないからすぐに忘れてやるよ!」 曇天は当然勝利し 常葉を護る事が出来ました。 常葉「ありがとうございました。 お陰様で助かりました。」 常葉は曇天にお礼を言いました。 曇天「では…みんなの菩提を弔いに お寺に戻りましょう。」 常葉「はい。」 常葉は曇天の力を借り理不尽に命を 奪われた旅芸人の皆の菩提を弔いました。 盛運「常葉さん、 貴女はこれからどうなさる?」 菩提を弔い常葉が寺を去ろうとした時、住職である盛運が声を掛けました。 常葉「風来坊の旅芸人を続けます。 志半ばで逝ってしまった仲間のためにも。」 常葉は強く決意しましたが盛運が 常葉を引き留めました。 盛運「待たれい、何時なんどき今回のような事が起きるか分からん。ですから常葉殿が嫌でなければこの曇天を還俗させますから所帯をお持ちになられては如何かな?」 曇天「住職様!」 盛運「男たるもの困っている女人を見捨ててはなりませんぞ。それにお互い憎からず想っている事など拙僧にはお見通しです。」 曇天「常葉殿、君さえ良ければ俺が 君を護るから所帯を持ってくれるか?」 常葉「私も貴方ならば異論ありませぬ。」 こうして曇天は白山寺の仲間に祝福され常葉と祝言を挙げるために還俗し名前を仁志 智信と改めました。 曇天改め智信「常葉、初めて見た時から俺は君に惹かれていた。」 常葉「私も貴方に惹かれておりました。」 こうして2人は夫婦となり曇天は住職である盛運から貰った餞別で綺麗な反物を買い行商をすることとなりました。 常葉「智信様と夫婦になれたのも皆様のお陰でございまする。私は夫の留守を護り子ども達を立派な人になれるよう養育します。」 盛運「もし、困り事があったらいつでも寺においで。」 常葉「ありがとうございます。」 常葉が盛運と別れて幼子達の待つ家に 帰ろうとすると…。 師経「天から降臨したような天女の如き崇高な美しさを放つ貴女様のような女性を待っておりました。」 先程まで茶屋の看板娘を口説いていたその口で何を言い出すのかとあきれ果ててしまいますが本人は至って本気。 実は…父親である西光が甘やかし過ぎたためこんな性格になりました。 常葉「はぁ?」 しかし例え幾ら独り身の女人であってもこんな良く分からない言葉で軟派されても心に響きません。 ましてや常葉には命を救ってくれた 愛しき主人がいる身です。 師経「私は藤原 師光が次男・師経。 父は院の重臣で偉い人なんだぞ。 そして…私は国司だ。」 軟派な言葉で靡かないと思ったら 今度は脅し。ちなみに国司と言っても 任命されたのは兄の師高(もろたか)。 しかし師高は嫡男のため手元から離したくない西光により目代(もくだい)として派遣されました。なので受領みたいなものでございます。簡単に言うと地方に左遷された役人。 常葉「私には主人がおりますので…。」 常葉が逃げようとすると師経は常葉を 強引に抱きしめて身動きを封じました。 常葉「何をなさるのです。」 師経「そんなに頑なならば力ずくで 私のものにしてくれる!」 常葉「いやー!」 常葉は大きな声で叫んだあと、 師経が怯んだ隙に逃げ出しました。 すると白山寺の方から1人の僧兵が 駆けつけて来ました。 錦「常葉殿、無事か?智信が還俗しても兄弟子は兄弟子だ。あいつの大切な者は俺が護り抜く!」 錦と師経の勝負は一瞬でつきました。 錦「今だ、子らを連れて寺においでと 住職が仰せだから一緒にいこう。」 師経「くそー。私の天女を帰せ!」 錦「さて…急がなければ…。」 常葉「はい!」 錦と常葉が村に子らを迎えに行っている頃、錦を痛い目に遇わせたいが武芸では叶わぬ事を思い知らされた師経は…。 師経「そうだ…。燃やしちゃえ!」 錦達が居ない間に白山寺を燃やす事に したのです。育った寺が焼失すれば 錦の心はボロボロになると考えたからです。 師経は従者らに命じて白山寺に火を 付けてしまいました。 錦が常葉と共に2人の子らを連れて お寺に戻るとそこは… 錦「盛運様、皆、どこへ行った?」 師経「そなたがその女を私から奪うからだ。その女を私に寄越せばこんな事をせずとも済んだのに…。」 師経はあろうことか白山寺を燃やして しまいそれどころか近くにある山から 枯れ木なども火の中へ放り込んだため 火は勢いを増し寺にいた皆は一瞬の内に命を奪われてしまいました。 錦「な、なんて事を…。」 常葉「錦様。」 師経「そなたは私の妻になるのだ。 早くおいで。可愛がってあげるから。 私の愛を拒むなら…全員、黄泉国に 送ってあげるよ。」 いつの間にか 師経の周りには人相の悪そうな従者達が常葉達を囲んでおりました。 絶体絶命(ぜったいぜつめい) 武芸に秀でている錦でも常葉達母子を護りながら大勢と戦うなど至難の技。 2人が諦め掛けたその時でした。 智信「兄弟子!常葉!光、知行 いま、助ける!」 この聞き覚えのある 凛とした甘い声は、 常葉「智信様!」 常葉はあまりの事に忘れていましたが この日はちょうど智信が帰ってくる日でした。 智信は錦の隣に立ち家族を背で庇うと 智信「住職と皆の弔い合戦です。兄弟子。常葉、子らと共に離れたところにいなさい。」 常葉「光、知行。此方です。」 智信の言葉に従い常葉は知行と光を 連れて物陰に隠れました。 錦「そなたがいるならば心強い!」 錦と智信は師経の従者達を一瞬の内に 倒してしまいました。 師経「ひー。」 師経はどこから出したらあんな声が出るのか分からないくらい声を裏返しながら命からがら屋敷へと逃げ帰りました。
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加