第1章 寂しさを埋めるため…

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恭伸「織絵も甘やかすでない。 お前達は何様のつもりだ!」 恭伸がどれくらい有難いお説教をしたところで嫉妬に狂っている嶺子には届きませんでした。 それどころか嶺子は恭伸に対して まさかの言葉を口にしたのでした。 嶺子「私は祝言を挙げた時、 時忠様の洗練されたお顔に一目惚れしたのよ…」 どうやら嶺子は自己顕示欲の強すぎる 女性なので時忠に対して素直になれずわざと冷たい態度を取ってしまったようなのでございます。 ちなみに愛情というものは、  甘いことばかり言って甘やかすばかりが良いのではなく恭伸のように、 恭伸「素直になれずに意地を張った結果がこの様か…。」   愛するが故、間違えた事をした場合は叱責する事も時には必要なのです。 但し…恭伸の想いは、 嶺子には届いてはおりません。 何故ならば… 男は愛する人からの寵愛を失うと 寵愛を奪った男に怒りを向ける。 しかし… 女の場合は愛する男からの寵愛を失うとその寵愛を奪った女に怒りを向ける なので… その法則を踏まえて今回の事を 結論づけますと嶺子の怒りは、 嶺子「絶対に許さないわ、 その白拍子!時忠様の愛は私だけのものなの…!私以外が得てはならぬ!」 しかし… 時忠の立場としては一門の立場をより良くする政略結婚である…とは申せ 祝言を挙げたばかりの妻から別居を宣言されてしまい寂しくて仕方なかったのに浮気は許さないなどまさに…理不尽極まりない仕打ちでございます。  これには恭伸も… 恭伸「時忠殿が不憫でならぬ。」 幸薄な娘婿の事が不憫過ぎて気の毒に思える程でございました。 それは嶺子をこの世に産んだ 薫子も同じように思っていたようで、  薫子「我が子ながら情けないこと…」 我が子である嶺子の身勝手で強欲な考えに辟易しておりました。 ちょうどその頃、嶺子が荒れている事など知る由もない時忠の屋敷では… 時忠の子を懐妊している弓弦が、 身分違いではないかと不安に(さいな)まれておりました。 弓弦「時忠様、私なんかが貴方さまの子を産んでも良いのでしょうか?」 時忠は自らの寵姫である弓弦を優しく抱きしめながら… 時忠「そなたが居なくなれば… 私はまた独りになるであろう。 頼むから…どこにもいかないでくれ。」 弓弦もまたその頼りがいのある大きな背に自らの手を回しました。   しかし… 時忠がようやく見つけた癒しは… 嶺子「許さない!時忠様は頭のてっぺんから爪先まで全部、私のものよ。あの女には細胞の1つすら渡してやらない!」 一方的過ぎるくらい一方的な思慕を時忠に対して懐いている嶺子が、 自らの非など全く気にも止めず、 ただの風来の白拍子である弓弦に負けたという事実に対して怒り心頭に発した事で、 残念ですが近い内に奪われる事になるのでございます。 それから07ヶ月が経った 1150年03月19日の事でございました。 弓弦は時忠の邸宅にて薬師、 立ち会いの元で赤子を産む事になり、 時忠はとても落ち着かない様子で あっちうろうろ、こっちうろうろして おりました。 その落ち着きない様子の主を見かねた侍女の梅は…何度も主に注意しました 梅「とにかく落ち着いて下さりませ。」 すると、この日の昼下がり、 薬師が時忠の元へ駆け寄って 夜明け前から始まったお産が  無事終わった事を告げました。 薬師「時忠様、お産まれになりました。可愛らしい姫君でございます。」 時忠「そうか…。弓弦に似てさぞや可愛らしい姫になるであろうな…。」 時忠は寵姫である弓弦の産んだ姫の事を思いながら早速姫の名前を 「(ひじり)」に決めました。 時忠「名前は聖にする。聖人のように清らかな心を持った子になれば良い。」 トラブルメーカーと言わざるを得ない 時忠の子が聖人のような子になるかは 思わず首を傾げてしまいそうですが… それはさておき…   時忠は弓弦に姫の名前を聖にした事を早く伝えたくて名前を書いた紙を持って弓弦と聖が休んでいるふたりの部屋へ入ろうとしたところ… 時忠の屋敷の外から…あまり聞きたくはない甲高い声が聞こえました。 嶺子「…弓弦とかいう私の夫を奪った女をここに連れて参れ!」 時忠「人への思い遣りを全く持たず、理不尽な言葉を叫ぶ女はまさか…」 まさか…って1人しかいないと思いますが時忠の子を出産したばかりである弓弦を屋敷の外へ連れて来いなどと大声でわめき散らかすのは…そう、嶺子しかおりません。 しかし… 時忠の従者である智紀も主の正妻である以上、邪険に扱う事も出来ず懸命に言葉を掛け宥めようとしました。 智紀「困ります、嶺子様。 弓弦様は御出産なされたばかりに ございまする。」 しかし… 怒りのあまり制御不能なロボットのようになっていた嶺子は、 嶺子「うるさい! 邪魔立てするでない!」 従者の耳元でとても大きな声で叫び、 キーン! そのあまりの声量に従者である智紀が耳を押さえながらその場で踞っている間に嶺子は屋敷へ無理矢理侵入してしまいました。 勘の凄まじい嶺子は、その勘だけで どの部屋で弓弦が休んでいるのか きっちり当ててしまったのです。 時忠「弓弦!」 時忠が弓弦の元に到着するより、 少し早く嶺子は弓弦の元へ 着いてしまいました。 嶺子「弓弦はお前か? お前が私の時忠様を奪ったのか?」 嶺子はお産で弱っている弓弦を 厳しく追及したのでございます。 しかし… 前述した通り時忠からすれば… 嶺子の行動は理不尽極まりない行動で到底納得出来るものではありません。 時忠は弓弦と産まれたばかりの聖を 例え我が身を盾にしてでも守ろうとしましたが…女の執念、侮りがたし… 恭伸に叱られ間者の任を解かれ 侍女として嶺子に仕える事となった 織絵が… 織絵「嶺子様、どうぞ。」 産まれたばかりの聖を両親の手から 無理矢理奪い嶺子に差し出しました。 さすがにこれには弓弦も、 黙っておく事など出来ません。 弓弦「止めて! 聖には何の罪もないわ。」 弓弦が泣きそうな声で懇願すると… 嶺子は嫌味な笑みを浮かべながら… 嶺子「この子が大切でしょう? それなら今すぐ出て行きなさい! さもないと… この子の命がどうなるかしら?」 言わずもがな… 子は母にとって何よりも大切な存在で 子の為なら母はどんな事でも出来ます それは定住地を持たない風来の白拍子である弓弦にとっても例外ではなく、 弓弦「分かりました。」 弓弦は初めてのお産だったため、 体力がほとんどない状態でしたが、 フラフラした足取りで時忠の屋敷を 後にしました。 弓弦「聖を宜しくお願いします。」 それが弓弦からの最初で最後の願いとなる事を時忠は心のどこかで知っていたのでございます。 時忠「…尽力する…」 嶺子は聖を織絵に渡すと、 早速 嶺子「時忠様、 私の元へお帰りなさい。」 訳の分からない台詞を口にしたかと思うと時忠の腕にしがみついたのです。 これには時忠も堪忍袋の緒が切れたようで怒りに身を任せるように嶺子を叱りつけたのでございます。 時忠「そなたはどうしてそのように身勝手なのだ!弓弦と聖がそなたに一体何をしたと言うんだ!」 しかし… 理不尽を極めた嶺子に 寵姫を失った時忠の怒りは届かず、 嶺子「総帥に娘が誕生した際、 力を発揮するため我が藤原氏の力が必要ではないのですか?私を失えば貴方は平家一門の中でも肩身が狭くなるのですよ?」 時忠の願いは一門で頭角を現す事、 目立つ存在になる事でございます。 時忠「…」 その為時忠も弓弦に対する嶺子の 仕打ちを怨みながらも背に腹は変えられず渋々ではございますが嶺子の帰還を受け入れる事にしました。 時忠「お帰りなさい、嶺子。」 さもないと産まれたばかりの聖が、 身勝手を極めた嶺子より、弓弦の代わりにさせられ八つ当たりを受ける可能性も十分にあります。 嶺子「時信様にその赤子を渡して 養育して貰って?時忠様。私を裏切るなんて許さないからね…」 弓弦を失ったいま、 聖だけでも手元で育てたかった時忠でしたが嶺子に逆らえば父娘共々大変な目に遭わされてしまうと思った時忠。 時忠「仕方あるまい、父上に相談する。それで良いだろう。」
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