第16章 総大将の重圧と清盛怒髪天。

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知度達と何とか合流した気弱で満身創痍な総大将と2000騎の兵は富士川の近くに布陣しました。 西暦1180年10月20日。亥の刻 (現在でいうと夜8時)。 しかしながら行軍に時間が掛かりまくり完全に馬鹿にされまくりの維盛でしたが、 維盛「武田 信義、源 頼朝。坂東武者達に僕は勝てるのだろうか…。」 期待を裏切らない気弱さでガタガタ震えておりました。 忠度「しっかりして下され!総大将!」 忠度に叱咤激励されても震えは収まらず自分で自分を抱きしめる始末でした。 知度「どうして父上は自分ではなく 維盛を総大将にしたのだろうか?」 自意識過剰な知度はこの期に及んでも 未だに納得していないようでした。 忠度「ダメだ…これは…。」 見事なまでに協調性のない人達に このあと人生最大の危機が訪れてしまうとは夢にも思ってない凸凹3人組でした。 その時…。 ガタン!バサバサバサバサ! 近くの河にいた水鳥達が一斉に 羽ばたきました。 只でさえ及び腰な総大将は、 もう大変でございます。 維盛「で、で、出た!」 何が出たのかさっぱり分かりませんが あわてふためいた総大将に兵達ももう なすすべなくそれこそ蜘蛛の子を散らすように散り散りになって逃げ出してしまいました。 信義「もしかして…これ…。もしかしなくても平家を完膚なきまでに叩き潰す絶好の機会じゃないのか?」 信義の家臣「左様でございますな、 殿、腕の見せどころですぞ!」 こうして維盛、忠度、知度は兵達を 気にする素振りも見せず我が身優先で 逃げ出してしまいました。 捕らえられた平家の兵達は信義に従う 事を条件に命を助けられました。 こうして信義、頼朝連合軍は、 戦わずして勝利を得ました。 信義「俺、俺、大勝利!」 頼朝「出番が全くないな…。」 頼朝が信義に合流した時には維盛らは 逃げ出しており何もする事がありませんでした。 その時、奥州からはまだ見ぬ異母兄に 思いを馳せ目をキラキラ輝かせながら 頼朝の元に向かっている男がおりました。 維盛が京に帰って来ると清盛は、 清盛「こんの…大馬鹿もんが…!」 ドカ!バキ!ドカ! 横に置いてある唐から輸入した机に 八つ当たりを始めてしまいました。 時子「総帥、お辞めください!」 堅い机でございましたので清盛の拳は あっという間にボロボロ傷だらけに なってしまいました。 清盛「水鳥の羽音に怯えて逃げ出すなどあり得ん!この愚か者が…!」 清盛は怒りが収まらないようで、 維盛を激しく睨みつけました。 維盛「…!」 只でさえ気弱な維盛はあまりの迫力に 怯えその場から逃げ出してしまいました。 時子「維盛!お待ちなさい!」 維盛を責めても敗けがなくなる訳では ありませんが…それでも総帥の孫が 水鳥の羽音に怯えて逃げ出すなど前代未聞でございました。 清盛以外にもこの無様な負け戦に怒り心頭な男がおりました。 宗盛「なんと情けない!俺ならば捻り潰してやると言うのに…。」 捻り潰されるの間違いかもしれませんが妙に自信満々なこの男。 もちろん周囲のあきれ果てている視線にも気がつきもせずに自らの世界に浸っていました。 維盛は只でさえ鹿ヶ谷の陰謀で清盛に背き知盛の継室である紬が今は亡き師経によりひどい目に遭わされている事を知りながら助けようともしなかった此方も今は亡き藤原 成親の娘を正室にしているため本当に肩身は狭いのですが…。 知度「お前のせいで俺まで怒髪天衝かれたじゃないか!ふざけんなよ!維盛!」 この負け戦によりもっと肩身が狭く なってしまいました。 まぁ一緒になって逃げ出したこの男は 同罪だと思いますが…。 自らの非は絶対に認めないこの男が そんな事を認めるはずありません…。 しかし…平家を導きたる総帥・ 平 清盛の命の灯火はもう尽きかけようとしておりました。 フラッ! 時子「総帥?御無理をなさらないで 下さりませ。」 清盛はたくさんの人間の命を踏み台に のし上がって来ました。 禿に命を奪われた 人間達もたくさんおりました。 それこそ把握できない程多数で ございます。 その人達の恨みがジワジワと清盛の 寿命を奪っているのでございます。 清盛「儂が厳しく接する事で維盛が 成長してくれれば儂は構わぬ。恨みにより寿命が縮まろうとも…。重盛の代わりを勤めるためにわざと怒りをぶつけただけだ。父親というものはそんなものだから…な。」 重盛…今は亡き清盛の嫡男で正室だった経子を誰よりも大切にしていた。それに…子どもらを立派な人間にしたいと願っていたため誉めるところや庇うところは妻である経子に任せて自らは躾役に徹していた。 孫は誰にとっても可愛いが清盛の場合は重盛の代わりに維盛らの父親を勤めねばならず可愛がるばかりも出来なかった。 時子「重盛殿は黄泉国にて喜んでいると思いますよ。総帥の想いの温かさに…。」 時子は清盛の先妻である高階 昭子の子らである重盛、基盛を養子に迎えて我が子同然のように育てていました。 基盛は疫病に罹り24歳の若さで逝ってしまい重盛も無理が祟り胃に穴が開いてしまい42歳で逝ってしまいました。 従って清盛は維盛ら重盛の子らと、 行盛ら基盛の子らの父親代わりもする事になってしまいました。 行盛は父親に似て勇猛果敢なので 案ずる事は何一つありませんでしたが…問題は維盛でございました。 忠度「総帥、少し宜しいですか?」 維盛に対して怒髪天を衝いた清盛の怒鳴り声を聞いていたのでかなりビクビクしながら忠度が清盛の居室へ入って来ました。 清盛「忠度か…。此度の戦だが、 不甲斐ない敗け方であったな。」 忠度はその場で土下座をして深々と 頭を下げました。 忠度「平に…平に…御容赦下さりませ。」 清盛「良いから顔を上げよ、飢饉で 食糧のない時に無理矢理行かせた儂も 悪かった。で、報告とは何じゃ?」 清盛は知度の自意識過剰ぶりを聞き 激昂しました。 清盛「あの大馬鹿もんが…!時子、 あの愚か者を呼んでこい!」 時子「全く紙が勿体ないわ!なんで 署名なんか書いたのかしら?あの子。」 忠度「義姉上、怒る所が違いまする。」 忠度に指摘され時子は照れたように顔を真っ赤にしました。 清盛「知度!こんの…愚か者が!」 総帥には孫の父親代わりという役目も ありましたが困った息子を叱りつける 役目もありました。 知度「父上も要りますか?俺の署名?」 清盛「要らんわ!そんなもん!少しは 反省をせんか!この愚か者!」 知度は清盛の側室との間に産まれたのですが母親であるしづは時子の侍女だったため控えめな母親から産まれたはずなのですが… 何をどう間違えたのか… 時子の同母兄であるあの方のように、 目立ちたがりやになってしまいまして…。 時忠「ハクション!誰が噂をしている?誰かが俺の側室になりたいとか?」 どこかでくしゃみをしているあの方は 横に置いておきまして… 時子「知度、そんな事では立派な貴公子にはなれませんよ?母君のように控えめな態度も時には必要ですよ?」 時子に諭されましたが知度はまるで 射殺してやろうとばかりに時子に対して冷たく鋭い眼差しで睨みつけるので ございました。 これには…さすがの清盛も、 清盛「控えぬか!知度、時子に対する 無礼な態度は決して許されん!」 実は知度の母親であるしづは、 知度を産むとすぐに追い出されて しまいました。 しづ「時子様、申し訳ありません。」 時子「申し訳ないと思うなら 今すぐ出て行って!」 しづは時子の侍女でしたので言葉に 従うしか方法がありませんでした。 謙蔵(けんぞう)…旅をしながら品物を売る商人で着物を縫う仕事を生業としている時子の良き仕事上の協力者である。 謙蔵「時子様、私には病に罹ってしまった母がおります。なので行商を辞める事も出来ません。そんな私に花嫁を紹介して下さるとは真にございまするか?」 時子「その女を紹介してあげるわ。 私から夫を奪った泥棒ねこの元侍女で 良ければ好きにしてちょうだい。」 しづ「そんな…。」 しづは愛息と愛しき夫である清盛から 無理矢理引き離されて病に罹っている 謙蔵の母親を看るためだけに謙蔵と 祝言を挙げる羽目になったのです。 ところで、 清盛にはしづ以外にも たくさんの側室がいます。 継室である時子が、 その側室を害した事など1度も ありませんでした。 ただ時子の侍女となれば話は別です。 「主の夫を奪うなど絶対に許さない!」 そのような理不尽な規律の元、 時子の侍女達は働いているのでございます。 知度はその理不尽な規律により 幼くして母を失ってしまいました。 知度「なら、どうして俺から母ちゃんを奪ったんだ?知盛達に母はいるのになぜ俺には母が居ない?教えてくれよ!」 知度の悲痛な叫びに時子は苦しげに 顔を歪ませてしまいました。 清盛「お前には儂がいるであろう? それのどこが不満なんだ?」 知度「父上は怒るばかりだろう? 怒られても包み込んでくれる母はみんないるだろう?」 清盛「お前だけじゃない、維盛達も… いや…行盛は幼くして父を喪っている。基盛は24歳の時に流行り病に罹り 命を落としている。」 知度「俺の母ちゃんは病人を看るためにここにいたんじゃない!なのに…! お前は下らない嫉妬で俺から母ちゃんを奪ったんだ!」 時子「…!申し訳ありません…。」 知度の怒りは収まりませんでした。 清盛「いい加減にせんか!」 清盛が完全に怒髪天を衝いてしまいました。 清盛「お前が恨めば恨んだ分だけお前は前に進めなくなる。それにな、時子がお前の母を追い出したから仕返しにお前が時子を追い出すか?それをすれば時子の子らからお前が追い出される…。そしてお前の子らが時子の孫らを追い出し…と、恨みの連鎖が続くばかりだ。平家はどうして強いか知ってるか?一族の絆がしっかりしてるから強いんだ。それを理解せよ。」 知度はその場に踞ってしまいました。 その時、知度の前に女人が現れました。 それは…。 しづ「知度、私が貴方の母親のしづです。」 しづの後ろから恰幅の良い穏やかな顔をしている男性が現れました。 謙蔵「そして私がそなたの母親の夫である謙蔵と申します。」 しづ「確かに私は最初病に罹っている 姑を看る約束で謙蔵様の元に嫁いだわ。 残念ながら姑はすぐに亡くなって しまったのだけれど…。」 しづは悲しげにうつむきました。
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