22人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ、あなた……!」
さっきの眼鏡イケメンだった。
「シッ!」
と、指を口の前で立てて、店の出口を凝視している。
「ほら、出て来た。アイツだ」
「え……」
眼鏡イケメンの背中からこっそり顔を出して確認してみるが、心当たりのない平凡スーツ男だった。平凡な髪型、顔、体型、スーツに鞄。しばらく左右をキョロキョロと見て、諦めたように歩いて行った。
「この三週間、アイツを観察してたけど、明らかにアンタを付け回してる。隠しカメラでも仕込んでるかもしれないな。あの鞄、怪しい」
「え、そんな……本当ですか?」
にわかに信じがたい。
「アンタ、ここを真っ直ぐ行ったところの、コンビニの隣の雑居ビルに勤めてるだろ? そうだな……。5階にある、Web広告の代理店てところか。事務……というより、営業事務かな」
「え」
眼鏡イケメンは、眉間に皺を寄せて私の全体を見定めながら続ける。
「あのビルに入ってるのは、他には不動産、システム、家電部品の通販会社、NPOだ。アイツの観察で否応なくアンタのことも目に入ってたんだが、服装の雰囲気からしてと」
う。なんかやだ。そんな雰囲気出てたかな。
「どうも、アイツには規則性があるんだ。毎朝あのカフェでアンタを拝んでから出社。で、火曜と木曜だけは、夕方…5時前。おたくのビルの下で必ず電話をするんだ。ちょうど5階くらいの窓を見上げるようにな」
「え……」
「電話を終えると、またそこのカフェに入る。アンタが6時過ぎにカフェの前を通ると、店を出て、駅まで後を付ける」
「え……?」
「帰る方向が逆みたいだな。ホームでアンタが電車に乗るのを見届けると逆方面の電車で帰って行く、というのが通例だったが、ついに先週だ。アンタと同じ電車に乗り、アンタが最寄り駅で降りるとアイツも降りて、逆方面の電車に乗り換えて帰った。放っとくと、家まで付けてくるぞ」
眼鏡イケメンは、自分のスマホを出して、画像を見せてきた。人がごちゃごちゃして分かりづらいけど、確かに、車内で私から距離をとってちらりと視線を向けている平凡スーツ男が映っている。他にも、カフェの中の写真、ビルの前の写真もある。
「えー嘘……」
「まーそんな訳で、大事に至る前に、ちょっとお節介させていただいた」
「……それは、どうも」
「火曜と木曜の夕方5時に何がある? 入稿締切か?」
「その通りです……」
「じゃぁ、必ずその入稿締切ギリギリまでわがまま言い放題、5時まぎわになってやっとOKを出してくるような、厄介なクライアントはいるか?」
「はい……一社……」
「ビンゴ。そいつだ」
思い当たるクライアントは一社しかない。その担当者は一人しかいない。株式会社aSEの新谷さんだ。でも、さっきの平凡スーツ男がその人かどうかはわからない。内勤の私は、電話とメールでしか、やりとりしたことがないから。
「アイツは、アンタが自社の広告のせいで入稿まで席に張り付いてなくちゃならないことを分かってて、わざとやってるんだ。ビルの下まで来て、アンタがいるであろうフロアを見上げ、電話をする。それの何がいいのか僕にはさっぱり分からんが。入稿が終わって、6時に退社することも分かってる」
「うぇ……」
この人の言うことが本当だとすると、今までしてきた入稿間際のしつこい修正希望などの会話、やたらと褒めてくる感じ、そしてその激務を思い出して、ううっとなった。すごく信ぴょう性の高い話な気がする。
「……ところで、あなたこそ誰なんですか? aSEの新谷さんを三週間も付け回してたってことですよね? どうして?」
眼鏡イケメンは、んんっと咳払いを一つした。
「たまたまだよ。三週間前の朝、そこのカフェにいたら、なんか怪しい動きをしてるやつがいて気になって。次の日も同じ時間に行ってみたら、やっぱりいた。そして、アイツの視線の先には、アンタもいた」
「……実は警察の方、とか?」
「まさか」
「じゃぁ……、探偵?」
「いいえ」
「弁護士とか?」
「No」
「じゃー何ですか」
「……まぁ、恥ずかしながら」
眼鏡イケメンは、んんっとまた咳払いを一つした。
くいっと親指で私のバッグを指す。
「ん?」
「アンタが持ってる、それ」
「え、バッグ?」
「の中にある、その本」
「あ、これ?」
「僕はその本の、作者だ」
最初のコメントを投稿しよう!