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「は?」
この本は、私の大のお気に入りの本。甘いマスクで女性たちを虜にしながら事件を解決するイケメン探偵『チュージ』シリーズだ。本屋のポップに、販売部数50万部突破! と書いてあった人気作だけど、作者の顔はまだメディアに出ていない。
この人が作者?
この、ヨレッとしたTシャツに短パンにサンダルのこの人が?
という顔をしちゃってたんだろう。
頭ポリポリ、てへ、としている。
確かに主人公のチュージのイメージには合う気がするけど……。にわかに信じがたい。
私がこの本を読んでるのを見て、適当に言ってるという線が濃厚だろう。
「やー、つまり。人間観察は、僕の趣味であり、仕事の一環とも言える」
「いや……怪しすぎます」
「そうか?」
「胡散臭すぎる」
「参ったな」
うん。ひとまず、撤退した方がいいかも。
「……とりあえず今日は、ありがとうございました」
棒読みの挨拶を置いて、目を見ずに去ろうとした。
「待った」
「まだ何か?」
「そのおにぎりでいい」
「はい?」
「アンタは、感謝というものを知らんのか」
「え? あ、感謝……」
「そのカバンに、昼食用のおにぎりがあるだろ」
「……なんでわかるんですか? こわいんですけど」
「今日は火曜日だ。締切で忙しいから、片手でパクっと食べられるものが好ましい。かつ、アンタの職種では、そうだな、手取り17万くらいか。それなのに毎朝、いい女ぶってあそこのコーヒーは意地でも辞めない。ということは、コンビニおにぎりさえも節約するだろう。よって、昼食には手作りおにぎりが妥当だ」
「こっわ……」
「とにかく、礼はそれだ! 僕はおにぎりが好きなんだなぁ!」
「どっかで聞いたことあるなそれ」
「ん。出しなさい」
眼鏡イケメンは、口をむんずと結んで、手を出した。
「わかりましたよ」
渋々、お礼という名目でおにぎりを差し出した。
と、その場で包みをめくり出した。
え?
ムシャッ。もぐもぐ、ムシャッ。
え、何。今食べるの。
「……よく、赤の他人が握ったおにぎり食べれますね……」
「これは!」
「え」
「高菜明太だと!?」
「あ……はい」
「トリッキーだ!」
「は?」
「相場は、鮭か昆布か……凝ってもツナマヨだろう!」
「え、そう? なの?」
「いい!」
「?」
「いいよ、アンタのおにぎり!」
「ど……どうも……」
「アンタ」
「はい」
「転職したまえ」
「え」
「ストーカーも付いてしまった。そもそも、厄介な客をアンタに押し付けて何も改善してくれない、手取りも少ない、今の会社にメリットがあるのか?」
「それは……」
痛いところを突かれた。確かに、それはそうかも。毎朝転職サイトを眺めてるのも事実だ。さすがに変な客に好かれてしまったとあらばもう……。
「もう一個、出しなさい」
ご飯粒を一粒残らずムシャついてゴクリと流し、またあの顔で、手を出している。
「はぁ……」
渋々、二個目のおにぎりを差し出した。お昼どうすればいいのよ。
ムシャッ。もぐもぐ、ムシャッ。
無心でおにぎりを頬張る眼鏡イケメン。
具に到達するや、
「チ、チ、チャプチェ!?」
「あ……はい」
「トリッキーすぎる! そして、うまい!」
「それは、どうも」
目をキラキラさせて、私のおにぎりにムシャついている。
ちょっと、嬉しいかも。
ムシャムシャしながら、おにぎりを掲げる眼鏡イケメン。鑑定するように眺める。
「これからも」
「?」
「これからも、僕のおにぎり作りを、アンタにお願いしたい」
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