11 最後の講義

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11 最後の講義

 大学の春休みは長いと聞いていたけれど、まさか二月の中旬にはもう休みに入る学科やゼミがあるとは思わなかった、と幸人は思う。  今の時代、休講の確認はスマホでできる便利な世の中になったけれど、今日唯一あった講義も急に休講になり、講堂の前で立ち尽くしていた。  これで本年度の講義は終わりだったのに、と拍子抜けして回れ右をしたところで輝彦を見かける。  輝彦は相変わらず女性に囲まれていて、その中には朱里と七海もいた。 「あ、幸人じゃん。どしたの?」  声を掛けてきたのは朱里か七海のどちらかだ。やはり幸人にはどちらが朱里で七海なのか分からず、「おつかれ」と返す。 「急に休講になっちゃって。一年生最後の講義はおしまい」 「あはー、ウケる! あたしらもここの講義受けるところだった!」  「あたし」と聞いてこっちが朱里か、と幸人は思う。では最初に話しかけてくれたのは七海らしい。けれど、やはり二人とも似ていて見分けがつかない。双子というわけではなさそうなのに、他人でもこんなに似るんだな、と変なところで感動してしまった。 (あ、だから好みも似てるのか)  ギャル系と言うのだろうか、服の系統も言動も似ている。好きなひとも同じなのだから、仲がよくなったのかもしれない。 「ってか誰? 暗くてキモいんだけど」 「うっせー、輝彦のダチだよ悪く言うな」 「ついでにウチらもダチだし」  輝彦の取り巻きの女子の一人がそう言うと、彼女らは幸人を庇ってくれた。どうやら朱里たちは、初対面の時に自分たちが言った言葉は忘れてしまっているらしい。でも、気持ちは嬉しいので幸人は笑う。 「じゃあ今日の授業はなくなったことだし、俺は幸人と遊ぶからお前らは帰れ」  すると今まで黙っていた輝彦が、ずい、と前に出てきた。スタイルがいいからか、セーターにジーンズ、フェイクファーがフードについたカーキ色のブルゾンと普通の服装なのに、やはりひときわ目立つ。 「えー? 輝彦、私たちと街ブラしよって言ってたじゃん」 「たまにはいいだろ? 男のダチも大事にしたいんだよ」  そう言って、輝彦は幸人の肩を組んできた。驚いて彼を見ると、やはり胸の(うち)を明かさない貼り付けた笑顔がそこにある。 「え? マジで友達なの? うわー、輝彦趣味悪っ」 「そう言うなって。コイツ結構いい奴だぞ?」  貼り付けた笑顔のまま、輝彦はグイ、と幸人を引き寄せた。やはり取り巻きの女子も、朱里たちと似たような考え方の持ち主のようだ。初対面での発言が似ている。  すると、声を上げたのは朱里か七海のどちらかだ。 「男同士じゃないと分からないモンがあるんでしょ。たまにはいいんじゃね?」  ウチらだけで街ブラしよ、と言ったので、どうやら発言したのは七海だったらしい。見分けがつくようになるまで、あとどれくらいかかるかな、と幸人は変な心配をしてしまった。 「ほら行くよ」  そう言って、七海は女の子たちを押して、去っていく。輝彦は笑顔で手を振り、「七海サンキュー」と言っていた。どうやら彼は、朱里と七海の区別がちゃんとつくらしい。 「……よかったのか?」  幸人は肩を組んだままの輝彦を見上げる。するとやっぱり、綺麗な笑みを浮かべた彼は「何が?」と言うのだ。  嘘偽りない、心からの笑みだと一瞬で分かり幸人は視線を泳がせる。すると目の前に輝彦の糸がやってきて、その先で幸人の頬をくすぐった。 「あの子たち。輝彦と遊びたかったんじゃあ……」 「街に出ても顔見知りと喋ってるだけだよ」 「……無理するなよ?」  ハッキリとは言わないけれど、先程の女の子たちとつるんでいるのは、輝彦にとってしんどいのだろう。そう思うなら離れたらいいのに、と思うけれど、思いを寄せている朱里と七海はそんな輝彦をどう思うだろう? そして輝彦は、意外にもひとの機微に敏感だ。多分、彼女らと離れられないのも、その辺りが関係しているのかもしれない。  すると、目の前が(かげ)った。え、と思った時には輝彦の長い両腕が、幸人の背中に回っている。 「……サンキュ」  そう小さく呟いてスっと離れた輝彦は、今までより何だか熱っぽい視線でこちらを見ている。幸人は不覚にも、その視線にドキリとしてしまった。 (いや、……いやいやいや)  ドキリとしたのは、輝彦の幸人への好感度が、上がってしまったことへの危機感からだ。輝彦の周りには、いくらでも輝彦を好いていてくれるひとがいる。どうにか視線をそちらに向けさせることはできないだろうか。こんな不毛な恋をさせてしまっては、輝彦は悲しむに決まっている。  このままでは輝彦を傷付けてしまう。なぜなら幸人が輝彦を好きになることは、絶対にないからだ。  しかし彼の赤い糸を見れば、相変わらず幸人の小指に絡もうとしていて、輝彦の気持ちは変わっていないことが分かる。  どうしよう。幸人の心にそんな気持ちが湧いてきた。 「幸人、これからどうする?」 「え?」  そんなことを考えていたら、輝彦がいつも通りに話しかけてきた。戸惑ったのが伝わったのだろう、彼は爽やかに笑う。 「今の、嫌だったか?」 「あ……うん、びっくりして。スキンシップは得意じゃないかな」 「……そっか。ごめん」  あくまでも軽い雰囲気で話す輝彦だけれど、糸は大喜びで幸人の腕をぐるぐる巻きにしている。どうして今ので喜ぶのだろう? さっぱり分からない。  いっそ、輝彦が自分のことを好きだと気付いている、と話したら何か分かるだろうか。 (いや、輝彦は隠したがっている……俺は傷付けたい訳じゃない)  会えば会うほど、輝彦の幸人に対する好感度は上がるばかり。そしてそのたびに何で、どうしてと謎は深まるばかりだ。 (……落ち着かない)  謎が謎のままであることを放置できない幸人は、早く告白してこいと思った。そうしたら、付き合えない、とハッキリ断ることができるのに、と幸人はため息をつく。 「輝彦、……俺のお気に入りの場所があるんだ、そこに行く?」  そう言うと、輝彦は嬉しそうに笑った。
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