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１３ 朱里と七海
「ところで、輝彦は朱里さんと七海さんの区別つくんだ？」
少し気まずくなった空気を変えるために、幸人は話題を変える。一人称でしか彼女らの区別がつかない幸人にとって、その見分け方法はちょっと知りたかった。
「ああ……二人とも、高校からつるんでるからな」
話題が女の子の話になったからか、輝彦のテンションは少し落ちたようだ。輝彦の糸は大人しく幸人の手首にスリスリしている。
聞けば、三人とも高校一年生の時に同じクラスになったが、すでにそれぞれの友達から名前だけは聞いていたという。共通の友達もいて、自然につるむようになったそうだ。
「見た目はそっくりだけど、朱里は明るくて突っ走りがち、七海は意外と周りを見てる」
「へえ……」
彼女たちに対する意外な分析に、実は輝彦も結構ひとを見ているのだと気付く。そして、見た目はそっくりだと彼も思っていたのか、と少しホッとした。それなら、見分けがつかなくても仕方がないのかもしれない。
「俺、どっちがどっちか分からなくて……」
「そうだよな。俺も最初は区別がつかなくて怒られた」
そう言って苦笑する輝彦。彼女らが頬を膨らませたり、輝彦の背中を叩いている様子が安易に思い浮かぶ。
しかし、それなりに付き合いがあるはずなのに、輝彦は彼女らといる時はよそ行きの顔だ。そんな顔をしていても、彼女らには気付かれないものなのだろうか。
（あ、そうか……）
幸人は先程彼女たちと別れた時のことを思い出す。さっきは七海が仲間たちを連れて行った。ということは、七海は勘づいているのかもしれない。幸人の憶測だけれど。
すると、輝彦の糸が幸人の小指に絡みついてくる。どうしたんだろう、と思ったら輝彦に呼ばれた。
「朱里と七海、幸人はどっちが好み？」
「え……」
たったいま、区別がつかないと話していたのにそれを聞くのか、と幸人は思う。けれどすぐに、目的は違うところにあるのかと気付いた。
幸人は苦笑する。
「どっちも何も……区別がつかないのにそれ聞くのか？」
「はは、そうだな。じゃあ、どういう子がタイプ？」
輝彦は明るく笑う。本当に聞きたかったのはこっちか、と幸人は息を吐いた。
「タイプ……よく分からない」
「……そっか」
輝彦は明るい笑顔のまま、窓の外を見る。輝彦の糸は大人しく、幸人の手首に巻きついた先は垂れ下がっていた。落ち込んでいるのだろうか？ テンションがあからさまに落ちている。
「俺さ……」
ポツリと、輝彦が呟いた。
「派手な見た目してるから、人が寄ってくるんだけど……」
それはおおいに頷ける、と幸人は思う。輝彦の容姿は周りを明るくする。憧憬の念や秋波は常に浴びていただろう。それが本人にとっていいことだったのかは、今の輝彦を見ていれば分かる。
「……うん。輝彦はキラキラしてるから、周りは楽しそうだよね」
そう言った幸人の言葉に、輝彦はハッとしたように幸人を見る。驚いた顔をしているのが意外で、どうしてそんな顔をしているのだろう、と幸人は思った。
「え……幸人から見て、俺キラキラしてるように見える？」
「うん」
素直に頷くと、輝彦はなぜか片手で口元を押さえる。「そっか……」と視線を落として言うので、嫌だったのかなと思っていたら、幸人に絡まっていた彼の糸の先は、プルプルと細かく震えていた。この動きは何だろう？
「楽しそうだなって思ってたんだ。けど、輪の中の中心にいるはずの輝彦は、そうじゃないのかなって」
すると輝彦は顔から手を外し、力が抜けた笑顔を見せる。それはやっぱり綺麗で、ああ、素で笑ってくれた、と幸人は思ったのだ。
「……高校まではダチが多くいても楽しかったんだ」
うん、と幸人は輝彦の話を聞く。
輝彦はいい意味でモテるひとだったらしい。朱里や七海と知り合ったことで、友達から友達の輪が広がり、大勢で遊ぶのも楽しかったと輝彦は言う。
「けど、大学入ってさらに人脈が増えて、俺が知らないひとも俺を知るようになってきて」
それで輝彦は思ったそうだ。本当にこれでいいのだろうか、と。会えば話をするひとはどこに行ってもいる。けれど名前すら知らないひとも多くなり、表面上の当たり障りのない会話や、ふざけて悪さ自慢やからかいをするだけの人脈に、何の意味があるのだろう、と思い始めたらしい。
「一度そう思ったらさ、朱里たちともつるむのがしんどくなってきて……アイツらは悪くないのにな」
環境が変わる度、人間関係も変わるのは決して悪いことではない。けれどコミュニティから抜け出したいのに、離れることもできず、さらに周りが許してくれない。そのジレンマに陥っている、と輝彦は苦笑しながら言った。
「こんなこと話したの、幸人だけだよ。七海なら聞いてくれるかもしれないけど、いつものメンバーにバレるのも怖いし」
なるほど、だからコミュニティの外にいた自分に好感が持てたのか、と幸人は納得する。そして、ひとりでいても楽しそうでいいな、と輝彦が言っていた意味も分かった。
たくさんの友達に囲まれていても楽しめない輝彦は、幸人のことを、ひとりでも楽しめるひとと見ているのだろう。
「幸人なら聞いてくれるかなって思ったんだ」
そう言って笑った輝彦は、はにかんでいるようだった。話を聞くのは構わないので、いつでもいいよ、と幸人が言うと、輝彦は歯を見せて笑った。
（よく笑うなぁ……）
女の子たちに囲まれている時には、こんなに笑顔を見せなかったと思えば、自分と話して少しは癒されてるのかな、と幸人は思う。もちろん、人が笑顔なのはとても素敵なことだと考えているから嬉しい。
幸人は視界の端で何かが動いた気がして、ふと手元を見ると、幸人の糸の先と輝彦の糸の先が、くっつきそうになっていた。
「……っ！」
反射的に振りほどくと、輝彦に怪訝な顔をされる。また虫がいたと誤魔化すと、「この店衛生的に大丈夫か？」と眉を寄せていた。店のせいにしてすみません、と幸人は心の中で謝る。
今のはきっと何かの勘違いだ、と幸人は跳ね上がった心臓を抑えるべく、長い息を吐いた。
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