5 幸人の幸せ

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5 幸人の幸せ

「あっはっはっは! それで見事に肩透かしを食らったわけだ」  日曜日。昨日の輝彦とのことを話したら、相手──祥孝(よしたか)は大笑いした。幸人は苦笑し、ペットボトルのお茶をひと口飲む。  ここは幼なじみの彼の実家だ。呼び出されて彼の部屋で話をしていたけれど、祥孝は途中から笑って肩の震えが止まらなくなり、幸人が話し終えると耐えかねたように大声を出した。 「糸は『好き好き』って言ってるのに、本人は爽やかに笑ってるとか、どれだけ格好つけたいんだよ……!」  腹痛てぇ、と涙まで流す祥孝。あまり笑うとここにいない輝彦がかわいそうに思ったので、幸人は「あんまり笑うとかわいそうだよ」と祥孝を止める。 「悪ぃ。いや、でも見てみたいなそいつ」  祥孝は短く切った髪を指先でいじりながら言う。それからローテーブルに置いてあったスナック菓子の袋を取った。すかさず幸人は言う。 「お菓子は禁止にしたんじゃなかったのか?」 「いいんだよたまには」  そう言った祥孝は小中高と、陸上部のエースでそれなりに引き締まった身体をしていた。けれど高校三年の夏前に足を故障してからは、だんだんとふっくらしてきている。ジャンクフードやお菓子に手を出すのも、故障からのストレスだと分かっているから、幸人も強く止められない。痩せてた時はかっこよかったのにな、と幸人はこっそり思う。  祥孝は、幸人の能力を知る数少ない人物だ。祥孝の他には両親くらいしか、幸人に赤い糸が見える能力があることを知らない。友達と秘密の共有をしていることで、幸人は祥孝のことを大切な存在だと思って付き合ってきた。 「イケメンなんだろそいつ? どれだけイケメンか確かめてやりてぇな」 「……」  からかうような声音の祥孝に、幸人は黙って苦笑する。  幸人は祥孝の右手小指に付いている糸を見た。その先は数十センチ先で薄くなって消えていて、彼の相手は遠くにいることが分かる。 「輝彦の話はおしまいにしよう。それより、加奈子(かなこ)ちゃんは元気?」 「何だ幸人、ひとの彼女に興味あるのか?」 「違うよ。彼女もいま頑張ってるんだろ?」  幸人は笑った。過去に赤い糸が見えることを祥孝に話した時、彼には好きなひとがいたのだ。それが加奈子だ。幸人が中学生になった頃、祥孝に加奈子に好きなひとがいるか、探りを入れるように頼まれた。もちろん幸人は彼を応援するつもりで赤い糸を見たのだ。  けれど、加奈子には別に好きなひとがいた。幸人は迷ったけれど、その事実を祥孝に話したのだ。 「あの時は本当にごめん」  祥孝を傷付けない方法が、ほかにあったんじゃないか、と当時を思い出し幸人は謝ると、祥孝は苦笑した。 「赤い糸が見えるなんて、直ぐに信じられる訳ないだろ? しかもその時は俺、加奈子しかいないって思ってたし」  そうだね、と幸人も苦笑する。結局当時、幸人と祥孝の仲は悪くなってしまった。 「そんな加奈子に、俺以外に好きなひとがいるって聞いて、頭に血が上っちゃったんだよなぁ。アイツとは結構仲いいと思ってたのに」  結果、祥孝は幸人と一方的に絶交し、加奈子に告白するも玉砕。でも、いつか振り向いてくれるんじゃないかと、祥孝は諦めずに加奈子のそばにいた。  幸人は当時を思い出して遠い目をする。それ以降、祥孝に避けられていた幸人は、彼の友人たちにも避けられた。結局、ひとの好意が見えていても自分にはどうすることもできず、幸人は中学生時代を孤独に過ごす。そして、高校でも大人しくしていようと決めたのだ。それが、この能力を他人に明かさない理由である。 「でもまさか、加奈子が俺を好きになってくれるとは思わなかった。しかも中学の時は別の人が好きだったって聞いて、幸人に酷いことをしたなって……」 「いや、俺の話を信じる方がどうかしてるよ。仕方がない」  幸人は笑う。祥孝に謝罪を受けたあとは、前と同じように彼とつるむようになった。当時幸人を避けていた同級生たちも祥孝の協力があって、幸人が孤立化しないようになっていった。 「いや、普段大人しいお前が、いきなり他人を攻撃するなんてことなかったんだ。俺は幸人が嫉妬で嘘を言っていると思い込んでたから」  そう言う祥孝に、幸人はそっと首を横に振る。 「でも幸人、その輝彦ってのに糸が見えることは話してないよな?」 「話すわけないよ、そんなの」  正直に話したことで拗れてしまった関係があるからこそ、幸人は誰にもこの能力のことを話していない。祥孝はそうか、と呟く。 「俺はいま、祥孝が笑ってるならそれでいいよ」  加奈子ちゃんは元気? と改めて幸人は尋ねた。祥孝と付き合うようになってから一、二回ほど話したことがある。祥孝に似て才能が見た目からも溢れている、美人な子だ。  彼女は祥孝が故障した時には何も言わず、彼のそばに寄り添って、彼を支えていたらしい。 「ああ。またお盆にでもこっちに来るんじゃないか? アイツ、電話では寂しい寂しいって俺にベッタリでよ」 「そっか……」  フランスで修行中の彼女は、コンテンポラリーダンスのプロを目指して海外にいる。そんな子が祥孝にベッタリだなんて想像つかなかったけれど、彼のことが大好きなんだな、とほっこりする。そしてダンスをしていたからこそ、故障した時の祥孝の気持ちに寄り添えたのだろう、と幸人は思った。  ひとの気持ちに寄り添えるっていいな、と思う。高校生の時に祥孝を介して恋愛相談をしたおかげで、何人かを笑顔にすることができた。自分のおかげで他人が笑顔になってくれるのは、とても気持ちがいい。  それと同じで、幸人が手助けした祥孝と加奈子が、未来永劫仲睦まじくいてくれたらな、と思う。 「あーあ、癒しが欲しいなぁ」  ポツリと祥孝が言う。お菓子の箱を開けながら、ガサゴソと中身を取り出した。  幸人は笑う。それは加奈子ちゃんに求めたら? と言うと、祥孝はお菓子の箱を幸人の方へ追いやりながら、意外なことを言う。 「いや、加奈子は俺に依存的なんだよな。俺がいちいち好きだって言ってやらないとダメでさ」  加奈子に癒し要素はあまりなく、祥孝がいないとダメだと言うらしい。でも彼も、そんな加奈子がかわいいと思っているんだろうな、と幸人は感じる。なぜならことあるごとに、祥孝は仕方がないと言いながら、のろけているからだ。 「俺は、幸人にも幸せになって欲しいなぁ〜。俺とばっか遊んでないでよ」 「……俺は幸せだよ? それに俺コミュ障なの、一番知ってるのは祥孝じゃないか」  一度絶交したのに、また受け入れてくれた祥孝は大事な友達だと思う。そうやって、友達でいてくれるのはありがたいことだし、嬉しい。それだけで幸人は幸せなのだ。 「糸が見えるとね、幸せなひとっていっぱいいるなって思うんだ」  俺はそれを眺めているだけで楽しいよ、と言うと、祥孝は「お前らしいな」と笑った。
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